夜の出逢い


 うたっているのはだぁれ?

 ひんやりとした澄んだ夜風がそよそよと草原を吹きぬけてゆく。草はさやさやと涼やかな音色を立てて、波打っている。
 広大な草の海。渡る風は、優しくリザの髪を撫でてゆく。

 そんな優しい風の中に、微かに混じる天界から聞こえてくるような歌声。

 現実の声ではないことだけはリザにはわかる。
 いつものように村からしばらく離れた場所まで来て、満天の星空を眺めていたときに突如として頭に響いたその声。


――――――あなたはだぁれ?

 何となく、応えてくれるような気がして、リザは頭の中の声に問いかける。


 返答は、ない。


 しかし、それくらいのことでリザはめげない。それどころかますます心をわくわくさせて、


「あなたはだぁれ!?」


 大声で叫ぶ。
 そしてそっと見えない何かに語りかけるかのように言う。
「あたしね、あなたのこえがきこえたのよ。ねぇ、いるんでしょう? そこからあたしのことみてるんでしょ? わかるわ。なんとなくけはいがするから」
 リザはその「何か」に向かって微笑んだ。ふんわりと優しく。まるで蕾がほころぶかのような優しさ、暖かさ。

「ねえ?」

 そっと呼びかける。
 応答がないにもかかわらず。
 リザは確信していたのだ。必ずその「何か」から応答がある、と。
そう思う根拠はなかったけれど、直感でわかった。

 

 そして待つことしばし。

『あたしの負けね』

 聞こえる一つの声。

『空を見上げてごらん』


――――――いた!


 リザはわくわくして空を見上げた。
 目に飛び込んできた風景が、あまりにも幻想的で、神々しさすら子供心に感じてしまって、呆然とリザは立ち尽くす。
 無数の透明な銀の燐粉が、ちょうど卵くらいの大きさの塊となって、明澄な銀の光を撒き散らしながらリザの元へふわふわと舞い降りてくる。
(だれ……? なにがいるの?)
 その卵くらいの大きさの銀の粉の塊がゆっくりゆっくりおりてきて、そしてちょうどリザの目の前まで来ると、それは突然目を開けていられないくらいの鮮烈で眩しい銀色の光を放ち、大人の人差し指くらいの長さの美しい女性の姿に変化した。
背中に薄くて透明な羽を生やしたその妖精のような小さな女性は、唖然としたままのリザの目の前をひらひらと飛び回った。銀の粉を撒き散らしながら、そしてその美しい顔には悪戯っぽい表情を浮かべながら。
 
「あたしが見える?」

 今までは頭の中にのみ響いていた声が、実際のものとしてリザの耳に入る。
 今まで飛んでいた思考がその声で現実に引き戻される。
 無邪気な顔にはっきりと疑問符を浮かべながら、開口一番に出た言葉は、

「あなたはだぁれ?」

 その小さな女性は可笑しそうにくすりと笑う。
「あたしの歌声を聴くことのできる人間なんて久方ぶりだわ。話しかけてきた人間なんてはじめて。あなた、怖いもの知らずね? 普通の人間なら人の世ならざるものの声が聞こえたら、自分の存在を気取られないようにしようと聞こえなかったふりをするものよ?」
「こわい? どうして?」
 そのリザの質問に、今度は堪えきれずにサラは吹き出した。
「あなた最高! 名前は?」
「あたしは、リザ。あなたは?」
「あたしはサラ。風の精霊シルフの眷属よ」
「おかあさんにきいたことがあるわ。このせかいにはそういういきものがいるって。でも、ふつうはにんげんにはみえないの、って。なんであたしにはみえるの?」
「うーん。どうしてかしらね? まあ、そんなことはどうでもいいじゃない。見えるものは見えるんだから。きっとあなたには精霊使いの才能があるんじゃないかしら?」
 リザは小さな顔をしかめつらしくする。
「せ い れ い つ か い ?」
 初めて聞く単語だった。
「そう。精霊使い。あたしのような精霊を使役して、魔法を使う人間のこと」
「し え き ?」
「うーん。つまり、精霊を使って、魔法を使う人」
 リザはその言葉の意味を理解すると、くしゃっと顔を歪めた。その明るい赤茶色の瞳にみるみる涙が盛り上がる。
「ひどいよ……そんなの! せいれいさんだって、あたしたちとおなじいきものでしょう? なのに、そのせいれいさんをつかうなんて!」
 言いたいことが言えない。もどかしくて悔しくて涙が溢れる。
 サラはそんなリザを見てびっくりしたような顔をした。今までそのようなことを言った人間はいなかったからだ。
「せいれいさんも、にんげんも、おともだちなのぉっ!」
 リザは火がついたように泣き叫ぶ。
 サラはどう反応すればいいかわからなかった。でも、リザの言葉がただうれしくて、心の中に暖かい気持ちが広がる。
 そして、この瞬間にサラは決意した。

――――――あたし、リザと契約しよう。そして、あたしの霊力(ちから)はリザに託そう。

「ありがとう、リザ。あたしたち、友達よ。だから、あたしはあなたの精霊になる」
 そのときまだ小さかったリザは、サラの言っている意味はよくわからなかったけれど、うれしくてこくりと頷いた。
「あなたは、6年後、12歳になったときに精霊使いになるのよ」
「うん!」
 この言葉の意味もよくわからなかったが、リザは思いっきり笑って勢いよく首を縦に振った。
 サラはあと6年経てば、もう200歳になり、精霊の世界では大人と認められる年齢になる。
「あたし、だれとも契約するつもりなかったんだけどな。でも、リザとなら契約したいわ」
「うん!」
 またしても何を言われているのかわからなかったが、いいことを言われていることだけはわかったので、リザはうれしそうにこくこくと首を振る。
「あなた、意味わかってないでしょう? さっきから!」
 サラは笑いながら言った。
「うん!」
 この言葉の意味はわかったので、リザは一番強く頷く。「やっといみのわかることばだ!」と思ったので、それはもううれしげに。
 そんなリザにサラは吹き出した。
「やっぱりリザは最高だわ! ねえ、あなたはいつもここにいるの?」
「うん、まいにちそうげんをさんぽしてる」
「そう。じゃあ、あたしも毎日ここに来るわ」
 にっこりとサラは笑う。
「ほんと!?」
「うん」
「また、あえるのね!?」
「うん、毎日会えるよ」
 その言葉に、リザは心底うれしそうな笑みを浮かべた。

「じゃあ……「また明日」」

「うん! ばいばーい!」


 空には降るような無数の星々が、明澄な光を草原中に降り撒き、 ぽっくりと浮かんだ望月は、そんな二人に優しい光を投げかけていた。

 

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