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 バーリス導師は世にも恐ろしい顔をして、二人の前に腕を組んで立っていた。

「あ…あはは……だって、このバカが派手な炎の呪文なんて使おうとするから……」
 リザは顔に乾いた笑みを貼り付けてしどろもどろに言い訳をする。
「貴女が最初に仕掛けたんでしょう」
 しかし、バーリス導師はにべもない。一言でばっさりと断罪する。

「……だって、このバカがおれを喋れないようにしようとするから」
 フェイは不貞腐れたように言う。不機嫌さを隠そうともしない。言った言葉は言い訳ではなく、明らかに本心であろう。
「貴方が礼儀がなっていないのが悪いんです。別に情報なんてわれわれで探します。ついてこなくてよろしい。むしろ邪魔なだけです」
 その顔は暗に「文句があるなら言ってみろ」と言っていた。さすがのフェイも、背筋に薄ら寒いものが走るのを感じた。

「ご………ごめんなさい」
「うっ……悪かったって。もうしねーよ…」

 しどろもどろと、そろって謝る二人を冷たい眼差しで一瞥して、「本当ですね?」と念を押すと、二人がぶんぶんと首を縦に振るのを確認してからもとの位置に戻る。そして、フェオラに「それではフェオラ様、行きましょうか」と出発を促した。「ああ、そうだな」と、我に返ったフェオラも冷静に応じる。シーリスとリィザも、黙って頷いた。
 四人が「夢見る肴」亭を出ようとすると、リザとフェイが「ちょっと待ってよー!」「待ってくれよ!」と叫びながら、遅ればせながらもついてくる。すると、リィザは何かを思い出したかのようにフェオラに「ごめん、先に行ってて」と言い置いて、リザの方に向いて歩いて行った。フェオラはリィザの事情を承知して一つ頷き、他の二人を「行こう」と促し、歩き出した。他の二人も、一つ頷いてから、フェオラの後について「夢見る肴」亭を出た。

 

「リザ」
 改まってリィザはリザの方に向き直る。
 リザは一つ息を呑む。
「な……何よ、改まって……」
 バーリス導師が余程恐ろしかったのか、いつものリザらしくなくてリィザは笑う。そして、そのまま続けて言った。どうしても、このことだけは言っておきたかったから。
「もうここでお別れね。………今まで本当にありがとう。短い間だけだったけれど、初対面の私にこんなによくしてくれて……すごいうれしかった。お姉様と会えたのも、今生きてるのも、貴女のおかげ。大切なことにも気づかしてくれた。甘やかすだけじゃなくて、ちゃんと叱ってくれた。ありがとう。わたし、ちゃんと強くなる。ちゃんと、自分の足で歩けるようになるから。もう、甘えないよ」

「…………っ! ばっかじゃないの!? だれが離れるって言ったのよ」

 不覚にもリザは泣きそうになったが、リィザの手前、意地でも涙を堪える。
「あんたのこと、頼りなくて放っておけない。一人前になるまで、あたしが見ててあげる」
 リィザは目を見開いた。
「え? それって………」

「ついて行きたいなら素直にそう言えよな。かわいくねーの。意地っ張りー」

 そこに混じる、フェイのおもしろくなさそうな声。

「ばっ……、それはあんたでしょーーーーーーっ!」
「なっ……ばっ…ちげぇよ!!」

 そんな二人の様子に、リィザはぷっと吹き出した。リザの心がうれしかったということ。そしてあと、「なんだかこういうのっていいな」と思った。
 当たり前のようにそこに笑いがあって、他愛ないケンカがあって。

「なんか、あったかいよね……」

 温かくてうれしくて愛しくて、半泣きになりながらリィザは笑った。二人のケンカを横目に見ながら。
 亡国してからもう随分と経つけれど、今みたいに温かな気持ちになったことはお城にいるときもなかった。
 愛している人たちすべてを失くして、そんな中で生きてゆかなければならないと自らに楔をかした。
 苦痛でしんどくてつらくて哀しくて寂しくて。
 幸せなんてありえない、もう自分を愛してくれる人なんていないって信じて疑わなくて、自分独りだけで生きていかなくちゃいけないと思っていた。たとえ、草や木の皮を剥いで食べて、土の上を這ってでも。
 でも……………、

―――――世の中、そんなに悪いことばっかりでもないじゃなかった………。


 胸が温かい想いでいっぱいになって、その場でうずくまって静かにリィザは泣いた。

(お姉様も、リザも、バーリス導師もいる。みんなみんな……私のこと、大切にしてくれてる………)

 失くして、絶望して、孤独の海に沈んで初めて気づいた。大事にされることの心地よさ。愛されることの幸せさ。


―――――大丈夫。お父様、お母様………私、まだ、生けます。

 

「ちょーっとちょっと! リィザなに泣いてるの? 大丈夫!?」

「ばっかじゃね? おまえがこえーからじゃないの?」
「何言ってるのよっ! あんたが意地悪だからでしょっ!? 男なら女の子大事にしなさいよね!?」
「ほーぉ。おめぇが女の子だってか。笑わせるねー」
「ちがうわよっ。リィザよっ!」
「ほーっ。ちゃんと自分が「女の子」なんてかわいいもんじゃないこと、わかってんじゃん。えらいえらい」
「ちがうっ。そんなこと言ってなぁぁーーーーーい!」

 二人のやり取りを聞いて、リィザはますます泣けてきた。「自分は今、幸せだな」と実感して。

「ちょっとっ! ほんとにリィザ大丈夫!?」
「リィザ、おい。ほんとにどーしたんだよ。大丈夫か?」


 こうして本気で心配してくれる温かい心がここにあって、お姉様が生きていて。それだけで私、幸せです―――――。

 


 遠くから事の一部始終を見ていたサリサは思った。

『みんないい娘じゃないか。世の中も棄てたもんじゃないよ』
『あのエルフィーア王国のバーリス導師がいてくださるのなら、あのバカ息子もバカなことできないね。よかったよかった』

 


―――――人生の旅人たちに、願わくば祝福を。………みんな、愛してるからね。

 

 

|第一幕  完|

 

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