10 ―――呼吸が、止まった。 言われたことの意味が、理解できなかった。 何だか信じられないようなことを言われた気がした。 「な……な、ん…で? わたし、の、せいで…あなたは―――」 「殺されかけたのよ」と続けようとした言葉は、続けられなかった。 シリウスが、エフィーリアを強く抱きしめてきたから。 本気で息ができなくなる気がした。 エフィーリアは、今自分の身に起こっていることが信じられなかった。 心だけはとてもどきどきしているのだけれど、頭が状況を処理しきれない。 何だか理解できないけれど、とてもとても幸せで、うれしい。 心が、どきどきする。 「ごめん、エフィーリア……ちがうよ、きみのせいじゃない。ぼくの、せいだろ?」 「ちが―――!」 必死で否定しようとするエフィーリアを制して、シリウスは一気に言い募る。 「ちがう、こんなことが言いたいんじゃなくって! ちがうんだよ、エフィ。どっちも、悪くなかったんだ。詳しい理由は、ぼくはエフィに言っちゃいけないことになってるから言えないけど。 エフィの追放は、ぼくの件とはまったく関係のないことなんだよ。そして、エフィもまったく何にも悪くないんだ」 その言葉にエフィーリアは息を呑んだ。 「どういう、こと……?」 俄かには信じがいことだった。 「それはだから、言っては駄目なんだ。わかって。 でも、確かなことは。エフィのお母さんはもちろん、最長老も、他の長老方も、とてもエフィのことを愛してるってこと。追放したくて、エフィを追放したんじゃなかったんだよ。やむにやまれぬ理由があって、その理由のせいで、心では涙を流しながらエフィの追放を決定したんだ」 「………」 突然すぎて、エフィーリアは何を言われているのか全てを理解できていないようだったけれど、大切なことは伝わったようだった。 「わたしの追放は、シリウスさんのこととは関係ない? わたしも、シリウスさんも、どっちも悪くなかった? だれも悪くないし、だれもわたしのこと、怒ってない?」 一つ一つゆっくりと確かめるように、エフィーリアは問う。 「うん。エフィもぼくも、悪くない。だれも、エフィのことを怒ってない。それどころか、エフィを追放せざるを得ないことを、みんな心ではとてもやるせないし悲しいと思ってるよ。みんな、エフィはいい子だって、ちゃんとわかってる。………わかる?」 「あ………」 一度は乾きかけた涙が、また、溢れる。 「よか……っ、た…。じゃあ、わたしの追放は、しょうがないことだったのね?」 「うん。長老たちですら、力の及ばない、やむの得ないことだったんだよ。……ごめん、それ以上は言えない」 エフィーリアにはその答えだけで十分のようだった。何かを察知したのかもしれなかった。 「わかった。ありがとう…」 「で、約束のことなんだけどね?」 シリウスは、「事情説明も大変だなあ」と思いながら、話を本題に戻す。 「ぼくがエフィを守るって約束したのは、エフィのことを放っておけなかったからだよ。旅の仲間、ほしくない?」 心がぐらぐらと揺れる。 すべてが、うまくいきすぎて。 長年の夢だった旅ができることだけでも幸せなのに、自分もシリウスも悪くないし、だれも自分を責めるどころか愛してくれていて、しかも自分が追放されたのは自分のせいじゃなかった。どこか与り知らぬところで動いている、天の意思のようなものだったのだから、しょうがない。その上、好きな人が、自分を守ると言ってくれて、「旅をしないか」と願ってもいない申し出をくれる。 過去、シリウスといっしょにいられたときも人生で一番幸せだと感じたけれど、そのとき以上に、今、エフィーリアは幸せだった。 好きな人の腕に抱かれている、今、この瞬間が。 それでも―――。 「そんなの、悪いよ……。だって、シリウスさんには、シリウスさんの目的がある。それに、わたしを守るなんて、荷物になるよ」 そっと目を伏せて、言った。 自分で言ったことなのに、心が張り裂けるように痛い。 自分から幸せを棄てるなんて、とてもバカなことをしていると思う。それでも、好きな人のことより、自分の幸せを優先する人間にはなりたくなかった。 「エフィは、どこか目的地があるの?」 「……ううん」 一瞬だけ迷ったあと、エフィーリアは答えた。 「じゃあ、いっしょに行こうよ」 「だって、荷物になる…! わたしは、戦えないよ」 さっき言ったのに、聞いていなかったのだろうか。一度言うだけでも、とても心が痛い。二度も言わせないでほしい。二度、心が痛む。 「エフィを放っておけないのは、ぼくの意思だよ。ぼくは、エフィを守りたい。ぼくが勝手にそう思ってるんだから、エフィが気にするようなことじゃないんだよ」 重ね重ね、シリウスは断言した。 ―――どうしてこの人は、わたしの欲しい言葉をくれるんだろう……? また、瞳に涙が盛り上がる。 「うわっ……だから、泣かないで、って…! そんなに、嫌?」 慌ててエフィーリアは首を振った。 「ううん、うれしい! 本当に、ありがとう―――」 やっぱり泣きながら、エフィーリアは言う。そして今度は、自分からおずおずとシリウスの首に抱きついてみた。すると、シリウスはくすぐったそうにしながらも、エフィーリアを抱きしめ返してくれる。 (わたし、今、人生で一番幸せ―――) 「じゃあ、まずはエルフィーア王国へ行こう。これからは、ぼくが絶対に守るから―――」 |