9 「んっ………」 エフィーリアはうっすらと目を開けた。 (あれ……? わたし、どうしたんだっけ……?) 昨日のことがよく思い出せない。まずは自分の置かれている状況を把握しようと、エフィーリアは身体を起こそうとした。 「……あ、れ?」 (なんで? 身体が動かない……) 一体何がどうなっているのかわからなくて、エフィーリアは動ける範囲で周りを見回す。 身体全体になぜか感じる温もりといい、背中に感じる手の感覚といい、どうやら自分は誰かに抱きしめられているらしい、とようやく頭が認識した。 「えっ……やっ……いやあっ―――!」 状況を認識したとたんに、目が覚めて頭が働き始めて、それに合わせて心が反応する。 (―――怖い!) そこへ、エフィーリアが目を覚ましたことに気付いたシリウスの一言。 「あっ、目が覚めた?」 聞き覚えのある声にエフィーリアははっとした。何度も思い出しては懐かしんでいた、愛しい人の声。そして、―――もう二度と逢うはずのなかった人。 「な……っ、なんで…!?」 自分は夢を見ているのではないだろうか。 たしか……自分は昨夜、狼の群れに襲われて殺されそうになって最後にシリウスに逢いたいと願ってそれから―――。 そこまで思い出し、エフィーリアは硬直した。 「あれ? わたし、生きてる…? あれ? なんで……どうなってるの? なんで…なんで、シリウスさんがここにいるの!?」 何もかもがわからない。どれだけ記憶を総動員しようとも、今の状況を説明するには不十分だった。 「……やっぱり、夢見てるんじゃないの?」 思わずポロリと呟いた。 「うん、夢みたいだよ。本当に、生きていてくれてよかった…。 見てごらん? ぼくは昨日、金色の光が瞬くのを見て、ここに来たんだ。そうしたら、狼たちがみんな死んでいて、エフィはその真ん中に倒れていたんだ。不思議なことに、血は流れてなかった。 ぼくがここにいる理由はおいおい話すとして―――エフィ、どうしたんだ?」 シリウスの言葉を聞いて、エフィーリアは唖然とした。 「金色の……光? わたしは知らない。わからない……。わたしは昨日、狼たちに襲われかけて……恐怖のあまり、そのまま気絶しちゃったの」 シリウスもその話を聞いて、驚いたようだった。 「エフィも知らないのか。そっか……ぼくはてっきり、エフィが魔法を使って狼を倒したのかと思ってたんだけれど。それとも、あれかな? もしかしたらエフィは、この森の精霊たちに護られているのかもしれないね?」 「魔法……は、わたしじゃない。わたし、魔法なんて使えないよ。 守護…は、そうかもしれないね。なぜかわたし、精霊たちや自然や動物たちには好かれるみたいだから」 そうは言うものの、エフィーリアは今一納得できないようだった。 「でも、いいさ。こうして、エフィが無事でいてくれたんだから……」 そう言ってシリウスは、エフィーリアに微笑んだ。 そういえば、とエフィーリアは今の状況を再認識して、今こうして、もう一度シリウスと話をしていることの幸せを、今さらながらに実感した。 (またこの微笑を見ることができるなんて、思わなかった…) あまりの幸せに、エフィーリアはまた涙が頬を伝うのを感じた。 「ごっ……ごめんなさいっ……!」 「あはは、もういいよ。見慣れたし。エフィの泣き顔」 シリウスは笑う。いつの間にか自分の呼び名が「エフィーリア」ではなく、愛称の「エフィ」になっていることに気付いて、エフィーリアは赤面した。この、親しすぎる距離感が、照れくさくて、うれしくて、信じられなかった。 「ぼくは、エフィのお母さんとちゃんと約束したんだ。それが、ぼくがここにいる理由」 「何を、約束したの?」 エフィーリアはきょとんとした顔をシリウスに向ける。 シリウスは、エフィーリアの顔を真っ直ぐに見た。 空色の瞳が、深い青の瞳を覗き込む。 恥ずかしさで顔が熱くなる。心臓が一瞬「どきん」と大きな音を立てた。これをきっと、「ときめき」と言うのだと、エフィーリアはぼんやりと思った。 「きみを、ちゃんと守る―――って」 |