12
「ジン様から預かっているものがあるの。貴女に渡して、とのことだそうよ」
サラは不意に真顔になる。
「何? 改まった顔して。なんかスゴイものなの?」
サラはその問いには答えずに、黙ってそれを差し出した。
リザは目を瞠る。
「これ………は、杖?」
そう、それはまさに精霊王に認められた精霊使いのみが持つことを許される杖。精霊王から杖を頂くということは、すべての精霊使いが憧れる精霊使いとしての極致の名誉である。リザが驚くのも無理のないことだった。
ジンがリザに与えたそれは、風の祈りの込められた、絶大な精霊力を宿す杖。材質は、魔法銀(ミスリル)と呼ばれる特殊な金属で、魔法を扱う者の間では、攻撃を司る杖の材質としては最上とされており、普通では手の届かない憧れの材質だった。杖はリザの身長の肩くらいまでもの高さがある。
リザは、まるで風を象徴するかのように優美な曲線を描き、精緻な細工の施されたそれを惚れ惚れと眺める。
魔法銀が、太陽の光を浴びて鈍い光沢を放っている。杖の先端にある透明な深翠の精霊石の中で、無数の金色の光の粉が妖精のように舞っていた。その世界はまるでこの世とは別世界の、精霊たちの住まう国のように思える。
リザはそれのあまりの美しさにしばらく我を忘れていた。その幻想的な美しさに心を囚われていて、その杖が他でもない自分に与えられたという驚愕の事実すらも、彼女の頭から飛んでいた。
「もういい?」
サラの声でリザの意識は元に戻った。
「あ……そ、うか。あたし、その杖を………」
リザはまだ夢見心地だった。頭がふわふわしている。夢の世界からいきなり現実の世界に戻ってきた反動で、足元がおぼつかない。
「そう。貴女は、精霊王のジン様から、精霊の杖を与えられたのよ」
そう言うサラの表情(かお)は、まるで自分のことのように誇らしげで。
「貴女は、精霊使いとしての栄誉を手にしたのよ。貴女は、精霊王の愛し子」
でも、まだリザの頭はぼんやりしている。なんだかサラの言葉が頭の中をすり抜けていくようだ。
そんな状態のリザにはかまわず、サラは立て板に水の勢いで嬉々として話し続ける。
「貴女は、偉大な風の精霊王ジン様の愛し子。あのジン様のご加護を受けたのよ! もしも貴女の身に何かあれば、あのジン様自らが、貴女を助けてくださるの」
もはやサラは自分だけの世界に飛んでいた。
「わたしの精霊使いが貴女で、その貴女がジン様に選ばれたこと、本当に誇らしいわ!」
サラはリザの顔を見る。そこで初めて、一度は覚醒したかに見えたリザが、いつの間にかまた夢の世界の住人になっていることに気付く。それほどに、精霊の杖の美しさはリザの心を捕えて放さないようだった。
「もうっ! リザのバカっ! ちょっと、聞いてるのっ!?」
サラはわざとリザの目の前に飛び出す。リザから見ると、精霊の杖だけの風景に突然異物が紛れ込んできたことになる。
そこでようやくリザはサラに気付く。
「あれ、どうしたの? それにしても、本当にその杖綺麗ね〜」
恍惚とした様子でリザは言う。
そんなリザを見て、サラは思う。というより、あきらめた。
(ダメだわ。コイツに何言っても。リザったら、この精霊の杖のすごさも、精霊王から杖を授けられることのすごさも、精霊王からご加護を受けることのすごさも何にもわかっちゃいないんだから!)
「まあ、貴女には言うだけムダだわ。もういいわよ、貴女は貴女で」
(えらぶらないところが、この子のいいところでもあるんだしね)
サラは可笑しそうに笑う。
「ちょっと、何笑ってるのよ!?」
リザは真っ赤になって怒鳴った。
「別に〜。聞いてなかった貴女が悪いのよっ。ま、いづれわかるでしょ。さ、さ、早く旅立つわよ。さっさと家に帰ってお母さんとお別れしてきなさい」
リザは頬を膨らませた。しかし、次第にその表情(かお)はイタズラを企てようとしている子供のような笑みへと変わる。
「そうね、そのとおり。母さんに最後の挨拶をしてくるわ。ふっふっふ、未知なる冒険があたしを待っている〜。ら・ら・ら・ら・ら〜〜〜〜〜」
はじける興奮を抑えようともせず、リザは、見ることは最後になるだろう我が家へと駆け出した。
その胸に、別離の寂しさは一欠片もなかった。