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もうお昼前くらいだろうか。太陽の位置がずいぶんと高いことに今更ながらリザは気付く。
(そろそろね)
自然と漏れる笑み。
心の底から湧き水のように自然に湧いてくるのは、冒険への期待。想いが溢れすぎて、自然と笑みが漏れるのだ。
刻一刻と、その時が近づいている。
大きく自分の胸で響いている鼓動を、リザは身体全体で感じていた。
一歩一歩、自分のうちに近づく。歩くたびに、旅立ちの時間が近づく。
(やっと、あたしの力を試せるの)
この閉じられた世界から、開かれた未知の世界へと、自分は今まさに旅立たんとしているのだ。
――――――もう、子供じゃないわ。
いつまでも与えられる餌だけで満足している雛じゃないの。
(父さん、必ず見つけ出してやるからね。そして、再会したとき、いっぱいいろんなこと話そうね)
家に着いた。
(とうとう、最後ね)
母の姿、生まれ育ったこの家、何もかもをこの記憶にとどめておこう。絶対に忘れないように。
つらいときに、還るべき場所、あたしのすべてを優しく包み込んでくれる場所――――――。
くじけたときは、きっとここを思い出す。そしてまた、立ち直る。
決心して、リザは扉を開けた。
「母さん」
その一言で、母は時がきたことを悟る。
「はい、準備できてるよ」
そう言って渡されたのは、いつも食べなれた母の手作りのお弁当と、この村の泉でくんだ新鮮な水を入れた袋、それと燻製肉や干物などの保存食を詰めた袋。そして、心ばかりの僅かなお金。
「ありがとう」
リザはありったけの想いを込めて小さくお礼を言う。
母は豪快に笑った。その笑顔には、娘との別離を悲しむ様子など微塵もなかった。そして、きっとそれは思いちがいではない。母は、リザの夢が叶うことを何よりも願っていた。今は、まさに愛しい娘であるリザの夢が叶おうとしている。悲しむ必要などどこにもない。むしろ大変喜ばしいことだ。
喜ばしいことだからこそ、母は心の底からうれしそうに笑う。
「楽しんでおいで」
その言葉にリザは吹き出した。普通の親なら、「元気でね」とか「必ず帰ってくるのよ」などという別れを惜しむ門出の言葉を送るのだろう。そして、別れの場面には必ず涙がある。しかし、自分たちは違う。
(なんだか、あたしたちらしいわ)
そう思うと、なんだか可笑しかった。自然と笑いがこぼれる。
「うん。楽しんでくるわ」
「ちょっとその辺に出かけてくるね」と言うのと何等変わらない調子で言って、リザは軽く手を上げる。
「行ってらっしゃい」
「はい。んじゃ行ってきま〜す」
惜別の思いは、そこにはない。
リザはくるりと背を向け、家を出た。
これが、リザと、その母の別れ。何ともいいようのない、爽やかな別れの、そして旅立ちの風景――――――。
村の外に出ると、そこでサラが待っていた。無言で笑いながら、杖を差し出す。リザは力強く笑い返して、その杖を受け取る。
リザは、村を一望できる小高い丘の上に立つ。
溢れ出す想いは、ただ一つ。
―――――――これから、あたしの冒険が始まる…………!