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重い立派な扉を開ける。ここはかつて、王と王妃の寝室だった場所だ。
しかし今、姉妹の目の前には、真っ赤な炎が立ちふさがっていた。炎は、まるで生き物のごとくに形を変化させ、巨大な怪物となって二人の行く手を阻む。その温度は、通常では耐えられないほどの高温だった。
二人は怯む。死ぬかもしれない、という恐怖で足が竦む。 しばらくの間、二人は一歩も動けなかった。
しかし、今にも落ちてきそうな煤けた天井を見て、両親の寝室に入ることは永久に不可能になるかもしれないという思いが、二人の脳裏に閃光のように閃いた。
瞬間に、迷いは吹き飛んだ。勢いよく、中に転がり込む。
熱気が二人の身体を包み、肌を焦がす。どこか火傷をしたかもしれない。しかし、今二人の心にあるのは「両親に会いたい」という想いただ一つだった。
二人は目を開ける。しかし、二人の目に飛び込んできた風景は、記憶にあるものとはまったく変わり果ててしまっていた。炎がこれでもかというくらいに燃え盛っていて、部屋の中はどこもかしこも焦げだらけだった。壁がくずれて、隣の部屋が見える。
部屋を彩っていた極上の絹でできた繊細なレースのカーテンや豪奢な絨毯など、装飾品のことごとくは無残にも灰に変わり果てており、もはや何が何か見分けがつかない。
二人は、そのあまりの変わりように衝撃を受けた。頭が真っ白になって、しばし呆然と立ち尽くす。
しかしそれは束の間のことだった。今は一刻も早く両親に会いたい。ふつふつを湧き上がってくる恐れを必死でかき消しながら、二人は目を血眼にして両親の姿を探す。
「お父様、お母様!」
二人は両親の姿を見つけると、急いで寝台に駆け寄った。 両親は、炎に呑まれてはいなかったのだ―――!
二人はその奇跡に、心の底から天に感謝した。いそいそと両親の寝台の脇へ駆け寄る。
しかし―――――――すでに両親は事切れていた。
触れる体は冷たく、それはすでに単なる物質へと変化しいることを示していた。儚い希望を胸に、母の胸に耳を当てるも、もはや生の鼓動は聞こえてはこない。
何度も何度も必死の思いで胸に耳を澄ます。微かでも、生の証を確かめたくて―――――。
それから、どれだけの時間がたったのだろう。実際には短い間だったのかもしれないが、絶望のふちにある二人にとってはこれ以上にはないくらいに長い時間に感じられた。生まれてから今まで、こんなに経つのがつらいと感じる時間を経験したことはなかった。
もう、両親は、逝ってしまった。
認識せざるを得ないと思い至ると、瞬間に、二人の目から、滂沱(ぼうだ)の涙が吹き零れた。
――――――――――お父様……お母様………!! 二人の想いは同じだった。 (私の、せいだ…………!!)
(あと少し……早ければ………!) リィザは激しく自分を責めていた。一方でフェオラは激しく後悔の念にとらわれていた。
しかし、後悔の念にとらわれていたのは一瞬だった。フェオラの決断は早かった。すばやく、母の装飾品の一部と、父のつけていた王家の紋章の指輪を抜き取る。母の装飾品の一部は形見、王家の紋章入りの父の指輪は、父の遺した意思(おもい)だ。
フェオラはまだ呆然したままの妹の手を引っつかみ、無理やり引っ張ろうとした。しかし―――、 「待って、お姉様」
意外にもしっかりとした妹の声がフェオラを静止させる。 「ぐずぐずしているひまはない。私たちまで炎に呑まれてしまう!」
フェオラは焦った。 (また、か………!? こんなときに―――――!)
しかしそれはただの思い過ごしだった。妹は、何かを見つけたらしい。 「ちがうの! 机の上に、手紙らしきものがあるわ」
「何だって!?」 フェオラは母の文机の方を振り返った。 目を瞠る。
そこには、愛しい娘たちに宛てたらしき手紙のようなものがあったのだ。 フェオラは、かけがえのないものに気付いてくれた妹に感謝した。
「ありがとう、リィザ。お父様とお母様の遺した最期の意思(おもい)に気付いてくれて………」
運良くまだ燃えずに残っていた手紙をそっとつかんで、二人は部屋を飛び出した。
かけがえのない、命よりも大切な父と母の遺体が炎に焼かれていく場面を想像すると、二人は胸が千切れそうなほどの傷みと、切なさと、哀しみを感じた。
許されることならば、この部屋で一緒に燃え尽きてしまいたい。 それが、二人の心の底からの願いだった。
しかし、それは許されない。両親が、そんなことを望むはずはないのだから―――!
―――――――どうして、私たちだけが生き残ってしまったの!?
―――――――お父様とお母様と一緒に、いっそ死んでしまいたかった………!
でも―――――。
生き残ってしまった以上は、両親は、自分たちが生き抜くことを願うであろうことだけは、迷いようのない真実だから。だから、辛くても、死んでしまいたくても、たとえ、命よりも大切な父と母が、炎に焼かれてゆくのが哀しくても、
―――――――生きていなければならない。
たとえ食料が底を尽いてしまったとしても、木の皮をはいで食べてでも自分たちは生き延びなければならない。どんなに惨めでも、地を這ってでも―――生き抜かなければならないのだ。獣の如く。
―――――――生きていなければならない。
それだけが、唯一絶対の真理。 選択の余地はない。
これは、生き延びてしまった者たちの宿命である。天から課された、この上もなく過酷な試練なのだ―――――。 |