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 二人は、急いで両親の寝室の、王族とごくわずかの側近にしか知られていない、王城と王都から、そのの草原へと続く地下の通路を足早に急ぐ。
 反響する足音は、自分たち二人だけのものだとわかってはいたが、追っ手が来ているような気がして、気が気でない。心臓の音すら、この静かな静寂の中に反響しそうで恐ろしかった。
 二人は、足音はもちろんのこと、息すら殺して半ば走るようにして、永遠に続くかのように思われる時間の中、足早に駆ける。

 ようやく外の明かりが見えると、全速力で駆け出し、外に転がり出た。 そして、真っ先に城下を振り返る。
 二人の目の前にあったものは―――――、今にも燃え落ちようとしている王城と、その王都。
 今まさに、突然の襲撃で、何も知らずに日常生活を送っていた民衆の、多くの命が失われようとしている―――――。

 なんて悲惨な、なんて許せないこと………!
 どんなことをしても、許されるような行為ではない。
 天は決してお許しになるはずがない!
 二人は、炎で燃え盛る城と城下町を、ただ遠くから見つめることしかできなかった。

 何もできない、何もできなかった無力な自分が憎い!

 多くの国民の命が失われようとしているのに、ただ逃げることしかできない自分が憎い!

―――――――父と母を焼いた炎が憎い!

―――――――父と母を奪った、イスハルーン帝国が憎い!

―――――――父と母を救えなかった自分なんて………大嫌いだ! 生きている価値すらない!!
 

―――――――どしたらいいの?
―――――――どうすればいいの? 


―――――――憎い、憎い、憎い、――――――憎い! すべてが憎い!!

 

―――――――死んでしまいたかったわ。お父様、お母様…………。

 

 生まれて初めて感じる、嵐のような激情だった。

 生まれて初めて感じる、炎のような憎しみだった。


 生まれて初めて感じる、底なし沼のような絶望と哀しみだった―――――。


 燃えさかる炎が崩れ落ちる王城と王都を夜の闇に中に煌々と紅く光り輝かせ、浮かび上がらせる様は、多くの人々の命を代償にして、皮肉なことに残酷なくらいに、美しかった。まるで、神々の祈りのように……。神々が創造したもうた、刹那の芸術品。

 広大な緑の草原を、風が流れてゆく。太古の昔も、城が滅びた今も、そしてきっと、二人が風の塵となってしまっても、それは変わることなく永久(とわ)に続いてゆくのだ。
 始まりがあれば終わりあり。生があれば死があり。滅びゆくものもあれば、悠久のものもあるのだ。
 燃え尽きてゆく都は暗黒の空間に鮮烈な朱の光を放ちながら神々しく浮かび上がり、残酷なまでに美しかった………。
 これを、滅びゆくものが最期に見せる、眩いくらいに美しい、一生に一度の刹那の輝きというのだと、二人は唐突に啓示めいた感覚で悟った。

 

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