6

 ちょうどその時刻、少女は、空を見上げていた。
 空は、さえぎるもの何もない、満天の星空だった。
 少女は辺りをぐるりと見回す。どこを向いても、果てしなく草原が広がっているばかり。さやさやと風が静かに草原の上を滑ってゆく。静かに、草草がたなびく。
 そんな静かな草原には不釣合いな大きな声で少女は言う。
「やっぱり、ここはイナカ。全然ダメだわ。こんなイナカじゃあ、あたしの魔法の才能がいかせるわけがないもの!」
 そう言うや否や、何やらぶつぶつと独り言めいたつぶやきをもらし始める。

 そして、果てし無く広い草原に、草原独特の夜の冷たい風が突風となって吹き荒れた―――――――――。


「ほら、やっぱりあたしは天才!」
 自分で発生させた突風に栗色の長い髪を盛大にはためかせ、赤茶色の瞳(め)をくりくりと輝かせながら、きっぱりと言い放つ。その堂々とした物言いからは、少女が自分に並々ならない自信を持っていることを伺わせた。
「ほ〜ら。世界で希少な風の精霊使いをこんなイナカに埋もれさせておくのは、人類の財産の損失! 宝の持ち腐れ! ということで、リザ・アルフォンシーヌ、たった今、旅に出ることを決意しました〜〜っ!」
「おおおおおおっ!」
「うふっ。みんなもそう言ってるから、決定!」
 一人芝居である。

「バカね、リザは」

 そこに、別の声が入る。
「サラ? ナニよ〜。いいのよ、あたしは天才なんだから!」
 サラは、たくさんいる風の精霊シルフたちの一人である。
「それはだれのおかげ?」
「はいはい、わかってますよ。ジン様たちのおかげでございますぅ。もちろん、絶対に、サラのおかげじゃあ、ないわ」
 一言一言区切って言う。
「……………」
 それこそ、呆れてものも言えなかった。
「ほんっと、かわいくないわね、リザは。長老のジン様の命令がなければ、あんたに力なんて貸さないわ、あたしは」
 サラは軽く睨む。
「じゃあ、貸さなければ? あたしは別にいいわよ。きっとジンは、他のシルフを送ってくれるわ。そして、あなたは風使いに力を貸すという、栄えある役目を失うわけよ。ふっふっふ。できるもんならやってみなさい!」
「…………。リザのイジワル…………」
 ぷいっとそっぽを向いて、サラは夜の闇の中、透明な薄い羽から光る燐粉を撒き散らしながら飛んでいった。
「綺麗………。宝石が降ってきてるみたい――――」
 思わず、リザはつぶやいた。
(それにしても、サラってほんっと、からかうとおもしろいのよね〜)
 リザは思い出して、一人でくすくすと笑う。
 なんだかんだいいつつ、二人はお互いが大切な存在だった。
(かわいいやつ………)
「ぷぷぷっ。きっと今頃、ジンに文句でも言いに行ってるに決まってるわ。いつもみたいに。それでジンは、笑いながらそれを聞いてるのよ。「お前たちは本当に仲がいいんだね」とか何とか言いつつ」
 リザは、しばらく一人で可笑しそうに笑っていた。

「あー………空がきれーい………」
 そう言ってリザは、草の寝床に仰向けになった。
 視界一面に、宝石を散りばめたような満天の星空が広がる。きっと空気が澄んでいるから、ここまで星の光が鮮烈なのだ。
 ひっそりと草原を吹き抜ける冷たい風は、少し運動した後の火照った肌にはひんやりとしてちょうど心地いい。
 静かにリザは目を閉じて、草原の冷たい風に心を遊ばせていた。

 

 リザは、真剣に旅に出たいと願っていた。
「だって。子供の頃からの夢だったんだもの。やっと、明日、17歳。村では大人と認められる年齢になるんだわ」
 感慨深いものだ。もう、自分が大人だなんて。全然そんな自覚なんてないのに、毎日を精一杯に、ただ幸せに呑気に生きてきたら、いつの間にか17歳になっていた。
「今、旅に出なかったら、いったい、いつ旅に出るって言うのよ?」
 だから、リザは旅に出るのだ。
 それに、リザにはここ数年の間に新たな夢が加わった。
「せっかく、精霊たちと話せる力を持って生まれた。この才能は、あたしは宝物だと思ってるわ。ジンと話せることも、サラと話せることも。そしてサラは、自分の真実の名を明かしてくれて、力を託してくれた。あたしに、忠誠を捧げてくれた………」 

 今、流星が流れた。
 心が高なる。
 それは、天(そら)からの突然の贈り物。舞い降りた奇跡―――。
 まるで神様が、自分の門出を祝してくれているかのように思えた。
 リザは激しい感動を覚えた。
「本当に、泣きそうなくらい、うれしかったんだ、あたし。魔法が使えるようになったことがうれしいんじゃない。サラの気持ちが、うれしかったんだ」
 大人になった精霊は、それぞれ自由に心を決めた一人の人間に自身の霊力(ちから)を捧げることができる。精霊は、人間に霊力(ちから)を行使してもらうことによって、精霊使いの魔力との相乗効果で、よりいっそう己が霊力(ちから)を強めることができるのだ。もちろん、霊力を人間に捧げるかどうかは、本人の自由である。
「思えば長い付き合いよね。あたしが、6歳のとき以来か。初めてサラと出会ったのは。普通の人には聞こえるはずのないサラの歌声をあたしが聞いて……それ以来、気がつけばいつもとなりにはサラがいたわ」
 そっと、その時の場面を思い出すかのように、リザは静かに目を閉じた。心を研ぎ澄ませて、流れてゆく風の感覚を感じる。

「そして、12歳の誕生日に、リザはあたしの霊力の行使者、風の精霊使い、通称風使いになったのよね」

「げっ。今の聞いてたの!?」
 突然現れたサラに、リザはただただ居心地が悪かった。
(くっそ〜〜〜、あんなこっぱずかしいセリフを聞かれてしまっていたなんて。まったくもってサイアクだわ。いいや。知らんフリしよ〜っと)
 そう思ってリザが身構えたとき、不意にサラは普段なら決して吐かないような科白を言ってのけた。

「あたしね、リザがそう言ってくれて、本当にうれしかったんだよ?」

 「えへへ」と、照れ笑いを浮かべて、サラはリザの顔をイタズラっぽくのぞきこんむ
 そうやって素直に喜ばれると、リザは当初の予定の知らないふりもできず、バツが悪くなってどういう表情(かお)をしていいものやらわからなかった。
 きっと、世にも奇妙な表情(かお)をしていたのだろう。サラは「ふふふ」と笑った。そのサラの笑顔は、本当にうれしそうな、きれいな笑顔で、リザまで心の中がほんわかと暖かくなる。
 心地いい。だから、正直にもう一つの夢をサラに白状することにする。今なら、何だか素直になれそうな気がするから。

「あたしね、世界中の精霊たちと友達になりたいんだ」
 そして少し逡巡したあと、激しく照れながら付け加えた。
「あたしと、サラみたいに」
 もちろん、顔はそっぽむいたままである。
 でも、十分にリザの気持ちはサラに伝わった。
「そっか。あたし、うれしいよ……。リザ」
 そして、サラの気持ちも、十分にリザに伝わった。 伊達に長く一緒にいたわけではない。
「――――うん」
 二人は、長い間、だまってずっと夜空の降るような星たちを見ていた。

 唐突に、ふっとサラが独り言をつぶやいた。
「あたし、どこまでもリザについていくわ」
 もちろんリザはその言葉を聞き逃さなかった。
「な、何言ってるのよ、サラ! 危険な旅だってことはわかってるでしょう? サラがいなくても、あたしは霊力を行使できるんだから、無理してついてきてくれなくてもいいんだってば! サラの命まで、正直、あたしは保障できないわ」
 サラはじっとリザの目を見つめて、きっぱりと言う。
「あたしは、リザと一緒にいたいから、あたしが「勝手に」ついていくの」
 リザは、その言葉に胸を突かれた。
 そして、しぶしぶといったようにうなずく。本当はうれしいくせに。
「わかった。ありがとう。あたしも、サラがそばにいてくれたら、どんなに楽しい旅になるかとずっと思ってた。サラと一緒に旅ができたら………、って。でも、それはサラの生命(いのち)を危険にさらすことになるから、そんなことは口が裂けても言えなかった」
 リザは相変わらずそっぽを向いている。そんなリザに、ひっそりとサラは笑う。無論、リザはそんなことには気付かない。
「じゃあ、問題なし、ということで。それにね、本人がそばにいた方が、精霊使いは霊力を倍増で行使できるんだから」
 サラはイタズラっぽく言う。サラはふわりと微笑んだ。
「わかったわ。それじゃあ、明日の朝、村のみんなにあたしたちのことを報告しなくちゃね」
 リザもようやくサラの方を振り向いて笑った。
 なんだか、いい雰囲気だった。

 戦い前夜、風の精霊と風使いは、夜が深けるまで楽しく語り合ったのだった。

 

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