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月が中天に達していた。
ちりちりと刺すように冷たい令気がシリウスの肌に突き刺さる。手の指や足の指先などは、もはや感覚すらなく、ただじんじんとしびれているような麻痺した感覚が辛うじてあるのみである。
砂漠の夜は空気がぐんと冷え込む。ましてやまだ春先である。空気の冷え込みようは並みではなかった。
しかしシリウスは感覚を無理やり押さえ込み、この冷気の中を葦毛の愛馬でひたすら駆けていた。深夜の真っ暗闇に、馬の白い身体がぼんやりと浮かび上がっている。
時間は真夜中だ。にもかかわらずシリウスは寝なかった。いや、一度は寝ようと試みたものの、目を閉じるやいなや暗闇一色の世界に呑み込まれ、奈落の底に落ちてゆくような恐怖が突き上げてくるのに耐えられず、結局眠れなかったのだ。
目が覚めて、また寝ようと試みる。しかし眠れない。眠れずにぼんやりと空を眺めていると、広大な砂漠の前に、自分自身がひどくちっぽけな存在に感じてしまい、この世界には自分しか存在していないかのような孤独を感じてしまう。その孤独感が、余計に暗闇への恐怖心を増長してしまっていた。
結局目を閉じようとただ夜空を眺めていようと、じっとしていては余計なことを考えて暗闇への恐怖へ捕らわれるだけだと悟り、シリウスは歩みを進めることにしたのだ。
もちろん夜の砂漠は危険である。しかしシリウスにとっては、奈落の底のような真っ暗闇の恐怖に捕らわれて二度と抜け出せなくなってしまうことの方が怖かったのだ。
だから、ひたすら駆ける。
駆けていたら、余計なことなど考えなくてすむから。
旅立つ前の自分が、正義感に燃えるだけの何も世間を知らない単なる青い子供(がき)だったことなど、旅立ってすぐに思い知った。
「あぁ、わかってるさ」
ただ、今はまだ考えたくないだけ。
この冷たい刺すような冷気は、ちょうどそんな今のシリウスには打ってつけだった。
この冷たさが、感覚も、そして思考さえも麻痺させてくれるから。
自分が弱いということ。
地位があってもただのちっぽけな人間に過ぎないこと。
無意識に痛感していた。
そんな弱虫な無力な自分が歯痒くてたまらない。
弱いと、わかっている。
世間知らずなただの子供(がき)に過ぎないということも。
それでも―――――、
――――――もっと強くなりたい。全てを守れるくらいに……。
――――――もっと誇れる自分になりたい。
――――――もっと……もっと、強く……!
気持ちばかりが焦ってから回り。
なりたい自分と、今の自分との乖離が情けなさすぎて。
そんな気持ちを紛らわせるかのように、シリウスはひたすら馬を駆って、ひたすら駆ける。
真っ黒なビロードのような空に、降るような星々。一粒一粒が、宝石のよう……。いや、宝石よりも遥かに崇高にして清らかな、自然の奇跡……。
今はただ、何も考えずにその美しさに酔っていようと、シリウスは思った。
いずれ否応なく、すべては成るように成らざるを得ないのだから。
だから今夜くらいは……、
――――――もう少し、この美しい夢の世界にいよう……。