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とにかく、分かる情報は全てサラから聞き出した。しかし、考えても分からないものは分からないので、リザは知り得た情報、考えたことをありのまま全てリィザに伝えた。もちろん、彼女が受けるだろう衝撃が分からないではなかったのだが、下手に慰めても仕方がないと思ったからだ。 そして案の定、リィザはリザの言葉を聞いたとたん、一瞬にしてその場で硬直した。
「どうしたら……いいの………?」
身体中の力が抜けて、リィザはくたりとその場に座り込む。その表情は茫洋としていて、どこを見ているとも知れなかった。 「ちょっとしっかりしなさいよ!」 リザはリィザの前にしゃがみこんで目線をリィザに合わせ、リィザの小さな顔を両の手で包み込み、パンパンと叩く。 「まだ何も分からない。勝手にお姉さんを殺しちゃダメ。お姉さんが死んじゃった痕跡なんてどこにもないのよ? まだ、わからないじゃない。冷静になって」 顔を近づけてリィザの顔を覗き込むようにしてその湖水色の瞳を見つめる。 「綺麗事なんて言わない。でもね。冷静に考えて、賊たちが自滅するようなことをするなんて思えない。あたしは、たぶん誰かが助けてくれたんだと思うわ。ものすごい確率だけど、きっとそうよ。魔道師の人が助けてくれたのよ。 ―――あなたも、あなたのお姉さんも、何だか強い宿命を背負っているのかもしれないわね。きっと、神様が生きなさいとおっしゃっているんじゃないの?」
―――――神様が生きろとおっしゃっている。
その言葉がリィザを現実に引き戻した。
「神様が生きろとおっしゃって……る……?」
ぼんやりとしていた瞳(め)が、徐々に光を取り戻す。 「そう。何か特別な宿命がある人には、神様は「生きろ」とおっしゃるの。だから、生かされるのよ」
「そう……なのかしら……」
「そうよ。こんなことを言ってもいいのかわからないけれど…………」 と、リザは話を切り出し、躊躇いながらもはっきりと続ける。 「あたしは何かあなたからは強い業を感じる。何か、重い宿命を背負っているのね……。―――――きっとお姉さんもそうなんじゃない?」 はっとして、リィザはリザを見る。 思い当たることが多すぎて、リィザは何と言えばいいのか分からなかった。 なぜかは分からないが、神様は自分を、そして姉を生かそうとしているらしい。 リザの言葉には思い当たることが多すぎて、真実味がありすぎた。 信じるしかない。 リザの言葉には、そんな強さがあった。
「そう……なのかもしれない………」
「そう。とにかく、向かうのはセイラス国ね。ぐずぐずしていてもしょうがないわ。考えていても何も分かりはしないの。とにかく、行動あるのみよ。できることは全てする。泣くのは、その後でいい。今はとにかく、できることをするしかないでしょう」 それでも、リィザは瞳いっぱいに涙をためたまま動こうとはしなかった。動けないのだろうということはリザにも想像がつく。何と言っても、姉の生存が分からないのだから。 はぁ……………。 リザはそっとため息をついた。
「しょうがないな。悩みたいのなら気が済むまで悩みなさい。ずっと待ってるから」 そう言ってリザはその場にどすんと座り込んだ。 「しょうがないわよね、まあ」 リィザはそのリザの一連の行動を不思議そうに眺めていたが、やがてぽつりとつぶやいた。 「あ……ありがとう………」 相変わらずその瞳は胡乱だったが、先ほどよりはよほどいい表情(かお)をしていた。 「うん」 やんわり微笑んだリザにつられて、リィザも微笑み返した。そしてリザの隣に腰を降ろす。 「なんだかリザといるとこっちまで明るくなれる」 「それはもちろん褒め言葉よね?」 「もちろん。本当にありがとう―――!」 リィザの言葉に、リザはふいっとそっぽを向く。 (こういう素直な感謝はやはり苦手だわ) 「あはは。照れてる〜、意外にリザってかわいいよねえ?」 リィザはからかいながらリザの顔を下から覗き込んだ。 こんなときくらいしかリザには頭が上がらないから、余計にからかうことに力が入る。 「あ、赤くなってる〜〜」 もちろんリィザは、そういう言葉がもっともリザは苦手だとわかっていて使う。 「ばっ……バカっ…………元気ならさっさと行くわよ………!」 リザにしては苦し紛れの言葉だった。我ながら苦しい言い逃れだとリザは思ったが、どうやらリィザの心の琴線に触れたようだ。
「あ……ほんと………なんか、わたし元気みたい……」
しみじみと確かめるように言う。 「はあ? あなた、あれだけ落ち込んでたっていうのに」 「うん。でも、もう大丈夫みたい。私が一番不思議よ……」 リィザは本気で悩んでいるようだった。 「そりゃあそうよね。あなたの悩み方、尋常じゃなかったもの」 「でも、もう大丈夫みたいなの」 即答である。 そしてリィザはいよいよ本格的に考え始める。その様子にリザは慌てた。リィザは思考に落ちるとなかなか戻ってこない人間であることは、一目瞭然だったからだ。せっかく元気になったというのに、今度はちがうことで悩んで、長時間思考に沈まれてはたまったものではない。 「ちょっとちょっと………元気になったんならいいじゃないの。いちいちよけいなこと考えなくったってさ!」 「だって。理由とか気にならない?」 リィザは心底不思議そうだ。それに対してリザは、 「ならない」 きっぱりと返す。 「へーえ」 「うん。さあ、そういうことだからさっさと行動するわよ!」 結局リィザはリザの勢いには勝てなかった。まだ心残りはあったが、渋々リザの言葉に従う。 「仕方ないわね……わかったわ」 「そうそう」 「まあいっか。理由はもうわかったし」 リィザは晴れやかな笑顔をリザに向ける。 「な、ナニよ………?」 リザは何だか嫌な予感を覚える。このあまりにもなじみのありすぎる空気。 無意識に座ったまま一歩後ずさる。気のせいか、リィザの瞳が悪戯っぽく光ったような気がしたのだ。 「うふふ、やっぱり私が元気になれたのは、リザのおかげみたい。本当に、ありがとう?」 にっこり。 「うっ………」 リザはさらに後ずさった。 リィザの表情を見てようやく悟る。 (この子、あたしのことをからかう気ねっ……!) リィザは、リザがお礼を言われることが何より苦手だということを出会って早くも気付いたらしい。 「うふふふふふふふふ」 リィザの瞳は言っていた。「さあ、これからたっぷりリザをからかってやるぞ」と。 「最初、風で吹っ飛ばしてくれたし、ね」 そう言うリィザの瞳は何とも楽しげだ。 「な……な………なっ……………はっ………早く行くわよっ……………!」 すでにリザの顔は真っ赤だった。 「うふふふふふふふふ……………」 不気味な笑い声を上げながらリィザはずいっと大きく身を乗り出す。
「いっ…………いぃぃぃぃやあああああああああっ…………!」
恥ずかしさに耐え切れなくなってリザは立ち上がり、即座に走り出した。反射神経だけは誰にも負けないリザ。「ちょっと待ちなさいよねっ…!」と叫びながらリィザも後を追うが、当然追いつけるはずもなかった―――――。
万物に等しく、燦々と太陽が強烈な陽射しを投げかける中、こうして二人のセイラス国への追いかけっこが始まった。 |