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 フェオラとバーリス導師は、一路セイラス国を目指していた。フェオラは戦で何度も外に出たことはあったが、実際にどこに何があるかなんてわからなかったし、実際今時分がどこを歩いているのかすら分からないが、バーリス導師は自信を持った足取りでずんずんと進む。
 バーリス導師は国王が外交で他国に向かう際、護衛として国王のお供をしていたので、バルーザ大陸の地理には詳しい。心強く思いながら、フェオラはバーリス導師の後ろを歩く。
今まで、自分独りといっても良かった。妹はいたが、妹はあくまでも自分の保護対象であり、自分と妹の命を守るのは自分の役割だとずっと気負っていたためか、バーリス導師と道中をともにすることになったとたん、言いようのない安心感が心を満たす。
 おそらく、こんなに安らいだ心地がするのは王城で暮らしていたとき以来だ。
 今までフェオラは、旅で頼れる仲間がいることをこんなに心強いと思ったことはなかった。

 フェオラは、先を行くバーリス導師の背中に呼びかける。
「ありがとうございます、導師」
 バーリス導師が立ち止まって、フェオラの方を振り返る。
「何がですか? 姫」
「すべてです。貴方のおかげで、命も、そしてこれからの安全も保障されたような気がして」
 そう言って、めずらしく微笑んだフェオラに、バーリス導師は優しげに目を細めた。
「姫からまさかそのようなことを言われるような日がこようとは」
 その口調にはいささかからかいの色が混じっていた。
「はい。あのころの自分は傲慢だったと…あのようなことが起こってから初めて思い知りました」
 フェオラの顔は、苦しそうに歪んだ。バーリス導師は、何も言わない。慰めの言葉も、何も。
 バーリス導師は、フェオラを小さいころからずっと見守ってきた。故に、フェオラの性質は知り尽くしていた。フェオラは、その誇りの高さから、弱味を見せることを厭い、何よりも慰めを嫌う。
「貴女も、成長なさいましたな」
 代わりに、バーリス導師はそう言った。
「………貴方の、すべてに感謝します。そして、これからもどうか貴方のお力をお貸しください」
 フェオラは片膝をつき、頭を垂れた。これは、騎士が目上の者に敬意を示すときの態度である。間違っても一国の姫が、臣下に取るような態度ではない。
「姫、顔をお上げください。そしてどうかお立ちくださいませ」
 バーリス導師はフェオラに近づき、手を取ってそっと立ち上がらせた。そして、華奢なその両肩に手を乗せ、そっとフェオラの顔を覗き込む。
「もちろんですとも、わたしの一生は、国王と王妃、そして貴女方に捧げております。喜んで、お力になります。言われるまでもないことですよ」
 そのバーリス導師の表情はあまりにも穏やかで優しくて、柄にもなく、不覚にもフェオラは泣きそうになる。
 泣きたくなかった。たとえ、バーリス導師の前であろうとも。人前で泣くことを、フェオラは決して自分に許さない。自分が泣きそうになっていることを悟られるのが怖い。弱味は、たとえ誰にでも見せたくなかった。
 だから、フェオラはバーリス導師から顔を背ける。
 とっくにバーリス導師は、そんな自分が泣きそうになっていることなど気付いているだろうが。
「貴女は本当にお変わりになった。昔の貴女なら…人にものを頼むなど、なさらなかったであろうに……。大きくおなりになりましたな、姫」
 その声はやはり優しくて―――――。
「私は、成長などしていない! ……リィザほどには……強く、ない……!」
 振り絞るように言い切ると、不覚にも涙がこぼれた。
 バーリス導師の包み込むような優しさに。
 頼るべき人がここにいる安堵に。
 まだこの世に、自分のことを心配してくれる存在が在ったことの至上の喜びに。
 そして、――――妹ほどに成長できていない、強くない、己が悔しさに。
 いろんな感情が、ここにきて一気に溢れ出す。
 一度安心したら、今まで理性と意地で押さえ込んでいた感情の蓋がとれてしまったのだ。
「…………っ……!」
 それでも泣くまいと、泣き顔を見られまいと、フェオラはバーリス導師から顔を逸らした。
 バーリス導師はそっとそんなフェオラを抱きしめた。
「姫………」
 泣き顔を、全てから隠すように、守るように。
「泣きなさい」も何も言わない。バーリス導師は、どこまでもフェオラのことを理解していた。
「泣きなさい」と言われるよりも、「泣いてもいいんだ」と思わされて。
 この、懐の深さにフェオラは甘えた。初めて、人に甘えた。
 相変わらず幼子のように声を上げてわんわん泣くことなどできなかったけれど、そっと泣いた。気の済むまで、バーリス導師の胸で涙を流した。今まで押さえ込んでいた感情をすべて流し出すように。すべてを、浄化するように……。

 

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