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「さあ、泣いているひまなんてないわ。早く案内して。走らないと!」 そんなリザの言葉で少女は弾かれたように立ち上がり、そして「こっちよ!」というと全速力で走り出した。 リザは必死で少女を追う。追いながらサラに言う。 「先に行って様子を見てきて」 サラは心得たように頷き、空高く舞って、姿を消した。
二人はひたすら走る。何といっても人一人の命がかかっているのだから。 息が切れ、心臓の動悸が早くなる。 そろそろ身体が限界だった。 所詮リィザは王室育ちの姫にしか過ぎないのだ。 (肝心のわたしがこんなのでどうするのよ……) 自分が情けなくなる。「助けてくれる」と言った隣を走る少女は平然としている。息すら切らしていない。 一気に気が緩んで安心したせいで、今更ながらに身体の疲れがどっと出てきたみたいだった。 この少女との先ほどのやり取りのせいで張り詰めた気持ちが緩んだからだろうか。 それとも、自分に任せろといったこの少女の言葉で、もう大丈夫だと安心したからだろうか。 はたまた、先ほどまで自分以外にだれも頼る人がおらずに自分ひとりで根をつめて思いつめていたところ、幸運にもこの少女に助けてもらえることになって、ひとりじゃなくなったことに安心したからだろうか。 きっと、どれも事実だ。 まるでそんなリィザの今の心に気付いたかのように、少女は突如こっちを向いて、リィザをきっと睨みつける。 「あなたのお姉さんなんでしょ? 知らないわよ? ことは一刻を争うんでしょう? ―――何もたもたしてるの!」 この少女は本気で怒っていた。 「助けてほしいって言ったのはあなた。あくまでもあたしは助ける立場なのよ? わかってるの? 当の本人であるあなたがしっかりしないでそうするの。何だかあたしがバカみたいじゃないの。助けてほしいって言った以上、しっかりしてもらわなきゃ困るの。―――甘えないでちょうだい」 リィザはびくんと肩を震わせた。少女の言うことはもっともで、そしてもっとも弱いところを突いてくる。 そうだ。いつも私は、お母様に、お父様に―――――、そしてお姉さまに甘えてきたのだ。 いつだったか、「もうお姉様にばかり頼っているわけにはいかない」「もう自分は立派な大人だ」と、「誰かに背負われて生きていくことは出来ないし、そんな生き方は嫌だ」と、えらそうに言って、姉を傷つけたことがある。 なのに―――――、まったくわたしは変わっていない。 また、自分で自分の責任を取ろうとしないで、あまつさえ初対面の少女に押し付けようとしている。 甘えは決して許さない。 少女はそう言っている。 「あくまでも、あなたとあたしは他人なのよ」 厳しい言葉だった。 「甘えちゃ、ダメ。自分のことは、ちゃんと自分で責任取りなさい」 真実で、今のリィザにはもっとも痛い言葉だった。もちろん、そんなリィザの心のうちなど、少女が知るよしもなかったが。 いろいろな思いが交錯する。 今度こそ、自分の足で立って、自分の人生をしっかりと歩けるようになりたい。 もう、頼らない、甘えない―――――責任放棄しない。 リィザは唇をかみ締める。 「ごめんなさい………」 少女の言葉はあまりにも的を射ていて、言い逃れの仕様もなかった。 情けない。 だから、ただ小さな声でそう言うことしかできない。 走る速さを落とさずに、少女はリィザの様子をじっと見ている。 しばらくすると、少女が「わかりゃいいのよ」と呟いたのが聞こえた。 その声は思いのほか暖かさを感じて、意外に思ってリィザは少女の方を見ると、少女はばつが悪そうに俯いていた。 リィザにはそれが照れ隠しだと言うことが分かった。思わず吹き出す。 「なっ……何よう!?」 よく見ると、少女の顔は赤かった。 何だか心が暖かい。 まったくの他人なのに、少女が本気で自分を心配してくれていることが伝わってきた。 本気でそういったんじゃないと、わかった。自分のことを、ちゃんと叱ってくれたのだ。 自然にリィザは微笑していた。 「本当にごめんなさい。甘ったれで」 負けず嫌いなリィザにしては珍しいことに、不思議と素直にそんな言葉が出た。 「貴女、名前は? 私はリィザ」 他人になかなか打ち解けないリィザにしては珍しいことに、この少女とは心の底から友達になりたいと思っている自分がいた。 そんなリィザの様子に、諦めた様子で少女は苦笑しつつ、手を差し出した。 「あたしはリザ。よろしくね!」 おそらくリザにとっては何気ないことだったのだろう。けれども、そんな何気ない動作が、リィザはひどくうれしかった。感動した。何気ないからこそ、意識していない動作だからこそ、その人の本当の気持ちが現れる。 もしかしたら、生まれて初めての同年代の友達ができたのかもしれない。 憧れが、もう諦めていた夢がこんな形で叶うとは、思いもしなかった。 「ありがとう………」 涙ぐみながら、万感の思いを込めてリィザはリザの手を握り返した。 友達になってくれて、ありがとう。 初対面の私を、暖かい心で包んでくれて有り難う。 ―――――初対面の私を、助けてくれて有り難う。
「何泣いてるのよ。大げさすぎ! ばっかじゃないの?」 その言葉は照れ隠しなのだと、今はすぐに分かる。 そっとリザを伺い見ると、案の定リザの顔は真っ赤になっていた。自分が見られているとも知らずに、俯いている。 そんなリザの反応がうれしくて、またあまりにも暖かくて、またしてもリィザは吹き出してしまった。 「なっ、何よう……!」 「うふふ、何でもない。よろしくね、リザ」 リザはきょとんとして、目を瞬かせた。 二人は一瞬見つめ合う。 そして次の瞬間には、同時に吹き出していた。 二人の笑い声が、砂漠のからりとした空気に弾けた。 「よろしくね、リィザ」 「よろしく、リザ」
砂漠の蒼穹の空の下で、全速力で走りながら、こうして二人の間に友情の種は芽生えた。 これが、二人の出逢い――――――。
――――――お姉様は、きっと大丈夫。
何だかそんな気がしていた。こんな風にふわりと気持ちが軽くなったのは、きっとこのリザのおかげだ。 リザと出会う前までは、絶望的な気持ちしかなくて、生きる望みも希望もなかったというのに。 でも、この少女といると、事態が絶望的なのには変わりはないのだけれど、「大丈夫、何とかなるんじゃないか」という気がしてくるから不思議だ。 からりと晴れた、砂漠の蒼い空のような、リザ。 ずっと「ひとりで生きなければ」と思いつめていたところに、暖かい心をもったリザとの出逢いは、ことのほかリィザの心を明るくしたようだ。 「大丈夫。お姉様は、きっと生きていらっしゃるわ……」 ぽつりと呟く。今では不思議と、本気でそう信じられるのだ。もちろんそれはリザのおかげなのだということは、わかっている。恥ずかしいから、本人には言わないけれども。 「何か言った?」 「いいえ、何でもない。ただのひとり言よ」 「そう。じゃあ、急ぎましょう」 そしてさらにリザは走る速さを上げた。 (リザって……運動神経いいんだ……!) そんな関係のないことを思いつつも、リィザも必死でリザについていく。 心に暖かい気持ちが湧き上がる。久々の、日溜りのような暖かな気持ち。
―――――やっぱり、ひとりじゃないっていいな。
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