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「場所はあとどのくらい?」
「あと……もう少し……はあっ……はあっ……」
 息も切れ切れに言葉を紡ぐリィザを見て、リザは本気で呆れたように言う。
「あんたって運動神経悪いのねえ…。まるで温室のお嬢様育ちみたい」
「うっ……」
 図星である。温室のお嬢様育ちどころか、お城のお姫様育ちである。お城の姫に体力と運動神経など必要あるはずもなかったので、お城にいたときリィザはまったくといっていいほど運動をしたことがなかった。せいぜい、教養程度に乗馬を嗜んでいたことくらいだ。
「そっか。「お姉様」って言ってたわよね、リィザ。じゃあ、本当にお嬢様なんだ……」
 そう言って、何かを思案するかのように沈黙してしまった。
 リザが何を考えているのかは、大体リィザにも想像がついた。
 リィザの格好を見て、おそらく思うところがあるのだろう。
――――――なぜ、お嬢様がこんな格好でここにいるのか。
 質問されることを予想して、リィザは覚悟した。
 ゆっくりと、リザの方を見る。リザもリィザの視線に気付いて、リィザを見つめる。
 しかし、その視線はリィザの予想していたようなもの問いたげなものではなく、何かを訴えたがっているようなものだった。
「リィザ。侮らないでね。あたしは、何も聞かない。何があったのか、もちろん気になるよ。でもね、そんなことわざわざ聞くわけないじゃない。それにそんなことを聞く権利はあたしにはないし」
 その顔は真剣そのものだった。
「あ…うん、ごめん。……ありがとう」
 下手に話題を変えられたり、まずいことを聞いてしまったというような顔をされるより、うれしかった。自分の感情を隠しもしない。正直にぶつけてきてくれる。
 そこには哀れみはない。立場は対等だった。
「ありがとう……」
 そんなリザが大好きだと思った。さっき初めて逢ったばかりなのに、しかもあんな出逢い方だったのに、今ではここまで思える。不思議なことだけれども。

「さ、今度こそ急いで!」
「これでもうこの話題はおわりだ」と言わんばかりにさっさと話を打ち切り、リザは前を睨みつけて走る。
「あっ、待って!」
「急ぎなさい。このお嬢様!」
「お嬢様って言わないで!」
「はいはい」
 軽口を言い合っている間にも、目の前に姉のいるはずの場所が見えてくる。リィザの視界がその場所を次第にはっきりと捉え始めると、何か異変を感じてリィザから徐々に口数が減っていった。

「どうしたの?」
「…………」
 リィザは何も答えない。
「だまってちゃわからないわ」
 言われて初めて、リィザは何とか思いを伝えようと口を開く。
「何だか変なの」
「何が?」
「もう場所が見えてるのに、誰もいない……何もかも消えてる……」
「その……あれとかじゃなくて?」
「ちがう。血の色すら見えないの。何の痕跡もない。どうして―――?」
 リィザはもどかしい思いで躓きながらも必死で走る。
 早く何があったのか確かめたい。
「……わかった。ちょっと待って」
「何?」
「先にサラが現場まで飛んでいっていたはず。話してみるからちょっと待って」
 そう言って、リザは立ち止まる。
「早く行かなきゃ!」
 リィザは叫んだ。早く何があったのか確かめたいのに。
「うるさい。だまってなさい。今サラと連絡取るって言ってるでしょ?」
「どういうこと?」
「今サラに何があったのか。どうなってるのか聞いてみるから。そっちの方が早いでしょ?」
 鬱陶しそうにしながらもリザはきちんとリィザに分かるように説明してくれた。
「サラはここにいないのに話ができるの?」とかいろいろな疑問が頭に浮かんだが、今は何があったのかを知ることが第一だったので、リィザは大人しく黙ることにした。


(サラ………聞こえる?)

 リザはその場に立ったまま目を閉じる。そして、精神を研ぎ澄ませる。まるで見えない糸を手繰り寄せるかのようにして、サラの気配を感知する。

(リザ? どうしたの?)

(そっちは今、どうなってる?)

(今どこにいるの? リザたちは)

(すぐそこまで来てるんだけど、リィザが何か様子が変だって言うからあなたに連絡をとったのよ)

(そうね。こっちは何もないわ。変ね。誰もいないの。血の痕もないわ)

(何の痕跡もない?)

(ええ)

(それがどういうことかわかる?)

(どういうことって?)

(気配の痕跡とかは掴めない?)

(何だろう……何だか強大な火のエーテルの残り香を感じる)

(エーテルって……それじゃあ誰かが大きな火の魔法を使ったってこと!?)

(そうみたいね)


 リザの顔が一瞬にして青くなる。そして、リザは心配そうにちらりとリィザの方を一瞥した。そんなリザを見てまたリィザも青くなる。
「何が……どうしたの……!?」
「うるさいっ。だまって。ちゃんと詳しく様子を聞くから!」
 リィザの方も見ずにリザは答える。リィザはもちろん唯一の頼みの綱はリザだけだと分かっていたので、大人しく黙る。しかしその表情は必死だった。もどかしいが、今はただリザに頼るしかなかった。


 気を取り直してリザは通信を再開する。

(大きな火の魔法が使われたってことは……みんな死んだってこと?)

 何があったのか、皆目見当もつかない。

(多くの命が散った……そんな気配がする)


 多くの命―――。賊たちのうちにだれか魔道師がいて、リィザの姉ともども自爆した?
 そんなバカな……。
 それとも、リィザの姉は魔法が使えたのか?
 いや、それもちがうだろう。そんな強大な魔法が使えるのなら、わざわざリィザがあんなに必死になって助けを求めたりはしないはず。
 まさか―――――。
 だれか別の人間が来て、リィザの姉の危機を救った?
 いや、そんなまさか………。
 こんなに広い砂漠で、そんなに運良く助けが来るのは都合がよすぎるというもの――――――。
 リザは、リィザには言えないなと思いながらも、一体何がどうなっているのか皆目見当もつかなかった。

 

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