第3章 行方

 

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 シリウスがイスハルーン帝国を出てからすでに1ヶ月と少しが経過していた。周りが砂ばかりだったのが、わずかではあるが緑が少しずつ増えてきたことからもうセイルス国目前であることがわかった。それは緑とはいえないほどのわずかなわずかな、砂に埋もれそうなほどの生命の息吹だ。しかし、ひたすら不毛な砂漠を走り続けてきたシリウスにとって、そのささやかな生命は大いにシリウスを元気づけた。セイルス国は、砂漠と草原とが交わる地点にある国である。もうすぐだ。

 途中小さな村や町に寄って食べ物と水を補充だけして、シリウスはひたすら南に向かってきた。まったく時間の経過を感じさせない単調な旅だった。しかし、気が付けばもうセイルス国目前である。
 肌に感じる風の温度も暑くなってきたようだ。それなりに暑いのはイスハルーン帝国が大陸の北に位置しているのに対し、セイルス国は大陸の南の方に位置しているのも大きな原因だろう。
 1ヶ月ちょっとの間に季節も移ろいつつあるようで、それなりの時間が流れているという事実が、重く感じる。
 本当に随分来たものだと思う。
 気が付かないうちにそんなに時間が経っていたのかと思うと、非常に感慨深かった。
 砂漠の夜明けを見ながら思ったことを、懐かしく思い出す。本当にその通りだった。
 気が付かないうちに、自分はここまできていたのだ。
 この1ヶ月とちょっとで少しは自分も強くなれたのだろうか?
 わからない。でも、少なくとも死への恐怖はなくなった。何だかんだ言いつつ、自分が無事にセイルス国にたどり着こうとしていることがその証拠だった。
 人間という生き物の適応力には今更ながらに驚かされる。そして、自分にもその力があったことが、純粋にシリウスはうれしかった。
 少なくともここまで、人の手を煩わせることなく、自分一人の力でここまでたどり着くことができたのだから。自分一人で何かをやり遂げたことは、これが初めてだった。
 今回の達成は、シリウスにとっては人生で一番大きな偉業だった。

―――――ぼくでも、できるんだ………。


 相変わらず燦々と太陽は強烈な陽射しで、じりじりと肌を焦がす。この暑さとしんどさには1ヶ月とちょっと経った今でも慣れることはできないが、あと少しでセイルス国に着くのだと思うと底力と気力が湧いてくる。もう枯れたと思っていた気力が、まるで湧き水のように湧き上がってくるのは不思議だった。
(大丈夫、まだ、行ける)
「大丈夫。まだ、旅を続けられる」
 今では自信をもってそう言える自分がうれしい。
 旅の目的も、これから自分がどうするべきなのかもわからないのは変わっていなかったが、以前のように頭でっかちに考えることはしなくなった。
 この広大な砂漠にいると、自分の悩んでいることなんて―――――たとえそれが一国の存亡や、果ては大陸の危機に関することでも―――――ちっぽけなことに思えてしまうのだ。考えようとしても、全然危機感が湧かない。
「まあ、いいか………」
 いつから自分はこんなに楽天家になってしまったのだろう?
(まあ、いいか………)
 シリウスは思わず苦笑する。
 こんなことは以前の自分には考えられないことだ。以前の自分だったら、一国の次期国王でありながら、国の危機感を実感できない自分を激しく責めていたことだろう。
 しかし、今は思うのだ。「成るようにしか成らないだろう」と。まだ起こってもいないことを考えたところでどうにもならないのだから。
 あの時、自分は精一杯考えて、その結果自分が国を出ることこそが最善の道だという結論に至った。
 そう、自分は間違ってはいない。今、ここにいる自分が最善の自分なのだから。
 これからのことは、ゆっくり考えよう。
 まだ何も起こっていない。まだ、時間はあるのだから―――――。
 事実を必要以上に自分の頭の中で大げさにしてしまうのはよくないということが、今のシリウスにはわかっていたから、不思議と冷静でいられた。

 

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