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シリウスは大通りを歩いていた。 イスハルーン帝国のそれは見たことがあるが、セイルス国のそれはイスハルーン帝国のものとは比べようもないほど、品がない。自国の大通りは、白亜の大理石をしきつめた、まさに王侯貴族の権威を示すかのような美しい瀟洒なつくりで、太陽の光をキラキラと反射して輝いている日中の美しさは大陸中に名高く、そのままイスハルーン帝国の反映を物語っていた。それにくらべ、このセイルス国の「大通り」と呼べるかどうかもいかがわしい代物は、道の舗装すらされておらず、ラクダや馬が通るたびにもうもうと砂埃が舞う。美しさも清潔さもあったものではない。 なのに、どうしてだろうか。セイルス国の大通りの両脇に立ち並ぶ露天の数々、露天で物を売る商人たち、そして大通りを闊歩する旅行者たちを見ていると、イスハルーン帝国にはない溢れるほどの活気、そして躍動感を感じることができる。 どの人の顔にも、はちきれそうな笑顔が浮かんでいる。せいぜいが街くらいの規模しかない国なのに、生命力に溢れている。 わくわくしてくる心をシリウスは抑えられない。
(きっと、これがこの国の繁栄の源なんだな……) 一度回想を始めると、もう止まらないのが彼だった。 興味の赴くままに大通りを突っ切る。ものめずらしそうにきょろきょろと辺りを見回し、通りの両脇を見やる。 売っているもの、商人の服装やものを買っている人、そして周りの建物も、すべてがシリウスにとっては初めて見るものばかりで、目に映るもの全てが新鮮だった。 赤や黄色や緑の、見たこともない果物や野菜を売っている店、この地方特有の文様を刻み込んだ、土を固めて焼き上げて作った食器類を売っている店、きっと世界中から集めたのであろう香辛料やスパイスばかりを売っている専門店などは見ているだけでもおもしろい。さっきから鼻についてはなれない甘ったるい匂いは、きっとどこかの店の果物の匂いなのだろうとシリウスは思う。 また、真っ白いターバンを巻いた商人風の男や、色鮮やかな原色の布を幾重にも重ねてきている物売りの女など、周りの人間を見ているだけでもまさしく人種の見本市のようで退屈しない。 シリウスは、今度は「世界は広いんだなぁ」などど感激しつつも世界の広さに思いを馳せていた。そのとき、 「ちょっと、そこのぼっちゃん、あんた金持ちの息子でしょ?」 中年の女のものと思われる図太い声が、シリウスに呼びかける。 「ちょっと、ぼっちゃん!そこのあんたよ。真っ白ないかにも貴族風の格好をしてるあんた!」 夢想に突入した彼を止められるものは彼以外にないということを、この露店の恰幅のいい中年女は、当たり前ながら知らなかった。 どれだけ大声を張り上げて呼びかけてもシリウスが何の反応も示さないことに痺れを切らしたその女性は、露店からずかずかと歩いてきて、シリウスの両肩をむんずと掴む。 「ちょっとっ! あんた、あんただよ! さっきから呼びかけてるのにまさか聞こえてないわけじゃないだろう?」 両肩を激しく揺さぶられてようやくシリウスの意識はようやく現実の世界へと戻ってくる。 「あの……ぼくが何か?」 「ちょっとっ、それでまさか撒こうとか………」 そう言いかけて中年女は、言葉を止める。どうやら、それが貴族然とした少年の地だとようやく悟ったかららしかった。 そして、急に心配そうな顔になると、 「あんたねえ、ほんとにおぼっちゃんなんだねえ。そんなんじゃ危ないよ。ここからすぐ近くだから、ちょっとわたしんちにおいで」 「あの…お店の方はいいんですか?」 神妙にそう言う少年を見て、中年女は「変なところはまともなのね」とこっそりため息をつく。 「大丈夫よ。それよりも、あんたの方が心配だわ」 さらに何か言いたげな少年を制し、中年女は少年の腕を掴んで、すぐ目の前に見える一つ目の角を右に曲がってすぐの立派な自宅までその少年を引っ張って行った。 |