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「昨夜は結局眠れなかったな」などと思いつつ、エフィーリアは木でできた窓の外を眺めた。
エルフたちは一本の大木を自分たちの住処にしている。エフィーリアの家もそうだ。数千年もの遥か昔から変わらずにこの地に根を張っている、どっしりとした大木を居住にしている。
エフィーリアの部屋に満ちる爽やかな木の芳香とは対照的に、エフィーリアの気持ちはどんよりとしていた。
(いよいよ、今日が来てしまった)
自分の意思とは無関係に、今日を最後に自分はこのエルフの森を離れなければならない。
(今度、この土地を踏めるのはいつになるのかしら………)
エフィーリアは言いようもなく不安になる。そう、自分は今度いつこの森に戻ってこられるかわからないのだ。帰ってきたときには、きっと何もかもが変わってしまっているのかもしれない。そのことが怖かった。
長老様たちは土に返り、母は老いてしまって――――――。
―――――――いやだ!
わたしは、何があってもこの森に還る! 必ず、戻ってくるわ。
固く、エフィーリアは心に誓う。
彼女は、昨夜の母とのやり取りを思い出していた。
母は言った。はっきりと自分の目を見つめ、きっぱりと。
「貴女の運命をはっきりと見極めるのよ。そして、成長して、――――――どうか、戻ってきて………」
両の手をきつく握り締め、震わせながら、真摯な瞳(め)で自分を見つめて、祈るようにこう言ったのだ。だれが否といえようか。
(お母さん――――――!)
エフィーリアは目を閉じ、そして深く息を吐き出した。
腹を据えるしかない。
「わたしは、負けない」
まるで自分に言い聞かせるかのように言う。
「わたしは負けない――――――!」
かっと目を見開く。
負けたくなかった。自分にも、運命にも。こうなってしまった以上、現実がどんなに酷かろうと、自分はそれに立ち向かうしかない。
エフィーリアは階段を下りて、母の待つテーブルにゆっくりと座った。旅立ちの準備はもうすでにできていた。
母の目に、すでに涙はなかった。その目の光は、自分と同じように母も運命と闘う決意をしたことを物語っていた。
「いきなさい」
娘の目を見つめ、母はそれだけ言った。それが、はなむけの言葉だった。
「行きなさい」―――――――「生きなさい」――――――。
どんな言葉よりも、深く、深く、エフィーリアの胸に響く。
瞳(め)から涙が溢れた。
今、エフィーリアは猛烈に感動していた。
何に感動しているのかなんて、わからない。ただ、心の根源から湧き上がってくる純粋な感情だけが、そこにはあった。
「いきます」
「行きます」――――――――「生きます」――――――!