12
シリウスはエフィーリアの部屋のベッドの中で目を覚ました。
カーテンから日が漏れていて、ぽかぽかと暖かい。
外はもう随分明るいようだ。きっともうお昼なのだろう。
ここ最近、シリウスはずっと同じ夢を見続けていた。
眼裏(まなうら)に浮かぶのは、彼女の泣き顔、泣き笑い、泣き止んだ後の虹のような初々しい笑顔………。
彼女はいつも自分の前では泣いていた。でも、幸せそうだった。
とりとめもなく、そんなことを考える。
(そういえば最近エフィーリアの姿を見ないなぁ……)
彼女は毎日のように自分の傍について離れなかった。必死で自分を励まそうそしてくれていた。
(もうぼくの傍にいるのに飽きたのか?)
少しの寂寥感を覚えながらそう思う。しかし、しかしだ。ここのところ、彼女の気配そのものを感じない。一体どうしたことなのか。
最近食事を持ってきてくれるのは、決まってエフィーリアの母エフィルメだった。
(よし、今日エフィルメさんが食事を運んできてくれたときにでもエフィーリアのことを聞いてみよう)
心配事は、聞くのが一番。そう結論に達すると、今までの不安が嘘のように晴れてまた眠気が襲ってきた。
シリウスはその眠気に大人しく身を委ねた……。
がちゃりと音がした。
その音でシリウスは再び目を覚ます。睡眠が浅かったせいだ。
「あらあら、ごめんなさい。まだ眠っていらしたかしら……」
エフィルメだ。いつものようにお盆に昼食をのせてもってきてくれたのだ。
「いえ、大丈夫です。……本当にいつもご飯をありがとうございます」
シリウスは軽く頭を下げた。
「いいのよ。さあさあ、今日は森で取れたての胡桃パンと蜂蜜茶よ。ゆっくり食べてね」
「ありがとうございます」
「いいえ。じゃあ、わたしはもう失礼するわね」
そういってエフィルメは後ろを向いて立ち去ろうとした。
「あ、ちょっと待ってください」
あわててシリウスはエフィルメを呼び止める。
「何?」
「あの………エフィーリアさんはどうなさったのですか?」
瞬間、エフィルメは驚いたようにシリウスの顔を見つめ、そして……エフィーリアによく似た泣き笑いのような顔になった。いや、本人は微笑んだつもりだったのだろう。しかし、それは叶わなかった……。
シリウスの脳裏に嫌な予感がよぎった。
「もしかして………追放、ですか?」
エフィルメは目を見開いた。
「あの娘(こ)……そんなことまで言ったのね」
「はい。気付いたばかりの頃、彼女が全部話してくれました。決して外に出歩かないように、と。見つかれば、自分は追放、貴方は殺されてしまうから、と―――――」
「なるほど、それで……」
「ええ。……………」
シリウスはそれ以上何も言えなかった。エフィーリアが追放になった。それでは、自分はもうすぐ殺されるのだろうか?
(そうにちがいない……)
自嘲気味に笑う。
不思議と、死に対する怖さはない。あるのは―――――あの純粋なエルフの少女を追放にまで追いやってしまった自分に対する嫌悪感、そして、罪悪感。
謝っても謝り切れない。
お金ならいくらでも出せる。でも、これはお金で済む問題ではない。自分の持っている何をもってしても償えないのだ。
自分が、あんなに純粋なエルフの少女の人生を狂わせてしまった―――――。
「どうしたら………いいですか?」
どうにもならない。でも、そう聞くしかなかった。
――――――どうすれば、いい?
しかし何を勘違いしたのかエフィルメは、
「大丈夫。貴方は殺されないわ。エフィーリアの願いと最長老様のお計らいで」
と言って微笑む。
今度はシリウスが目を見開く番だった。
「ちがう……そうじゃなくて……おれ、は………!」
己が許せない。
歯を食いしばる。身体が己への怒りで震える。
表情(かお)が苦しげに歪んでいた。
「おれ、は………あの娘(こ)を………!」
贖えない罪。重すぎて、どうすることもできなくて……でも、間違いなく原因は自分だとわかっているから―――――………。
「どうすれば………いいですか?」
甘ったれたことを聞いていると自分でも思う。
他人に判断を任せることは、逃げだ。
でも、そうせずにはいられなかった。求められるならば、何でもする。
たとえ、「死ね」と言われても―――――。
そう思わせるほどに、彼女は澄んだ水のように純粋で、穢れなき心を持った乙女だった。いつも泣いていて、脆くて儚くて……小さな衝撃でも砕け散ってしまいそうなほどに、脆く、透明な心を持った少女だった―――――。
それを、そんな少女の人生を―――――――――自分は狂わせてしまったのだ。
決意を込めてシリウスはエフィルメの表情(かお)を見上げた。
どんなに罵倒されるか、覚悟していた。気の済むまで殴られる覚悟だった。殺されてもかまわないとまでに、覚悟していた―――――。