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シリウスは何日か経った頃から、少しずつ自分のことについて語り始めた。 いそいそとエフィーリアはいつものようにシリウスの話に耳を傾ける。 自分が、実は某国の王子であるということ。側近の宰相が実質的に国の実権を握っており、自分は一切手が出せなかった。でも、それでも別によかったと、シリウスは言った。 「じゃあ、なぜ貴方は出奔したの?」 エフィーリアは思い切って尋ねる。王子様といえば、何もかもに恵まれているのだと無条件にエフィーリアは信じ込んでいた。 そんな無邪気なエフィーリアにシリウスは微笑ましい気持ちで苦笑して言う。 「ぼくは、許せなかった。宰相のジールがぼくに何の相談もなしに一国の国を滅ぼしたということが。ぼくにじゃなくても別によかったんだ。だが、ジールは……奴は周りに何の相談もなしに勝手に軍隊を動かして……国を壊滅させてしまった。どれほどの犠牲が出たのか……考えも及ばない。王様も王妃様は亡くなられたらしい。そして王女姉妹も行方不明だという。しかし生き延びている確立は万に一つもない、と。王城と城下町が燃える様子は、それはそれは神様の成せる業のように美しかったと、聞いている。その国は、草原の大国だったんだ。そして、ぼくの国とは盟友の関係にあった。なのにアイツは……」 苦悶で歪むシリウスの顔を見ているうちに、エフィーリアの瞳からはぽろぽろと水晶のように透明で美しい涙が溢れ出していた。 シリウスはそれに気付くと、今まで歪めていた顔をふっと緩めて微笑んだ。 「本当に優しい女の子だね、エフィーリアは」 初めて、彼は自分の名前を呼んでくれた。 その事実がなぜがうれしくて幸せで、またエフィーリアは泣いた。 シリウスはそれを変な風に勘違いしてあわてて言う。 「ごめんね。君にこんな惨い話を聞かせて。きっとエフィーリアは、こんな平和なエルフの森で育ったんだから、戦争なんて知らないよね」 激しくエフィーリアは首を振る。何が言いたいのか、何を伝えたいのか、自分でもよくわからなかった。確かに、悲しい話を聞いたから、泣いてしまったのも事実。でも、ちがう。もっとうれしかったのは、
――――――初めて貴方がわたしの名前を呼んでくれたこと。
「さん」づけでも何でもなくて、ただの「エフィーリア」と呼んでくれた。 どうしてそれだけのことなのにこんなにも幸せで切ないのだろう? エフィーリアは幸せで、ただただ泣いた。 シリウスが自分のことを本気で心配してくれているのがわかる。それがまた幸せで、ただただ、今は泣きたかった。 幸せと、もっと自分のことを心配してほしいのと……。 知らない、こんな気持ち。誰も教えてはくれなかった。「病気かもしれない」と本気で思う。 でも、なんだか幸せで、切ないのに幸せすぎて……こんなに幸せなら、別に病気でもいい―――――。
本気でそう思った。
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