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 その後の日々は、小川の流れのようにゆったりとした早さで過ぎていった。
 エフィーリアはシリウスのそばを片時も離れない。理性では気持ちを否定していても、本心ではもう自覚してしまっていた。――――――この恋を。
 シリウスとともにすごす時間が、陽だまりのように暖かで、1日中ともに時間を過ごせる幸せを、エフィーリアは感じていた。
 身体中が、心が、幸せすぎて悲鳴を上げる。
 見る世界が薔薇色に変わる。
 幸せで、幸せで、幸せすぎて………この時間が永久に続けばいいと本気で思う。
 シリウスが自分の目を見つめて、
「ぼくは、ともにジールを倒してくれる仲間を探すために、旅に出たんだ。このまま王宮にいたら自分が殺されてしまうとか、どんなことよりも、多くの人の命が失われるのを黙っては見ていられなくて。王子として、民の上に立つものとして、民を幸せにするために、奴を倒さなくてはいけない。それが、ぼくが国を出た一番大きな理由なんだ」
 と、熱っぽく自分の夢を語ってくれたことが、何よりもうれしくて。
 本心を少しでも自分を触れさせてくれたという事実、そして自分に話そうと思ってくれた彼の気持ちが、宝物のように大切に思えた。
 それは、何よりも大切な、エフィーリアの宝物。心の最も奥の奥、大切なものをしまっておく引き出しに、そっとしまう。大切に大切に、心の中でそれを抱く。
 ほんわかと、陽だまりの中にいるような幸せな感覚。

 このままずっと、ここにいたい………。

 エフィーリアは、このとき、今まで生きてきた人生の中で最高に幸せだった。


 しかしやがてエフィーリアの願いは、時間が過ぎるにつれて悲願に変わる。
 たしかに、シリウスとすごす時間は幸せだ。
 でも、幸せすぎて、彼を失うことが怖くなる。
 シリウスと一緒にいるのに、なぜか愛しくて、哀しくて………。
 そう―――――別れの時間は刻一刻と迫っているのだ。
 その思いに囚われて、シリウスといるにもかかわらず、次第にエフィーリアの表情(かお)から笑顔が減っていった。

 そしてある日、その想いが堪え切れなくなって、涙となって頬に滑り落ちる。
 シリウスはやっぱり優しく微笑む。
「また泣くー。エフィーリア」
 シリウスはその手でエフィーリアの頭をそっと撫でる。
 それは、エフィーリアが泣き出したときのいつものシリウスの癖だった。
(やだ。まただ………)
 幸せなのに、胸が切なくて。
 優しくその暖かい手で撫でられると、触れられてる部分が、熱を持ったように熱くなる。触れてもらえることが、幸せすぎて………。心臓がどきどきしてる。

 でも。
 今はこうやって彼の体温を感じるこの暖かい手に、もうすぐ永遠に触れることが叶わなくなる―――――――。
 途方もなく大きな恐怖が胸に突き上げる。
 シリウスを失うことを考えただけで、胸に鋭い痛みが走って、この脆い心はいとも簡単に壊れてしまう。
 その日が訪れたとき……きっと間違いなく自分は生きてゆけない。


(いやだ………行かないで…………!)

 ずっとここに―――――。

 そんなこと、言えるはずもなくて。
 行き場のない想いだけが、エフィーリアの中で荒れ狂っていた。
 叶わない願い。

 どうしても叶えたい願いだけは、どうして叶わないのだろう?

 ただ、自分には願うことしかできなくて。
 でも、願ったからって願いは叶わない。
 わかってる。
 自分は、エルフの森を死ぬまで出ることはない。そして出ることは許されない。
 そして、シリウスは外の世界に生きる「人間」。ここに留まることは許されない。
 いづれ、別れの日は来る。
 そして、永久に逢えなくなる―――――。
 あの鮮烈な蒼の瞳を見ることも、あの笑顔を見ることも、できなくなる。あの暖かい手は、もう二度と自分に触れられることはなくなる…………。
 彼を失うことがこの世の果てみたいに怖くて。
 奈落に落ちていくような恐怖。感じる恐怖は、果てし無く、深くて、自分が闇に呑まれてしまいそうで。
 寂しくて………寂しすぎて―――――死んでしまう。

 

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