第5章 邂逅



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 そして、リィザとリザはセイルス国の門の前に並んでいた。旅立ちより二ヶ月と少しがすでに経過していた。
 長蛇の列には、赤、黄、緑、青、黒、灰色、白など色とりどりの様々な衣装を着た様々な肌の色の、様々な顔立ちの人間がいた。
 リィザは物珍しそうにそれらを眺めている。そして先ほどから大きな声で、一人で騒いでいた。

「うわぁー、すごぉーい。いろんな人がいるのね」
「見たことのない衣装がたくさん!」
「あんな瞳の色初めて見た。きれーい!」
「すごぉーい!本当にいろんな人がいるのね。世界史で習ったとおりだわ」

「ねえねえ、みてみてっ。リィザ!」
 くいっとリザのフードを引っ張る。
「あああっ、うるさーい! あったり前でしょう!? 世界は広いんだからいろんな人がいることくらい。………こんなのでそんなにはしゃぐのは小さな子どもくらいよ。ほんっとうにあんたってお嬢様なのねぇー」
 うんざりしつつもそう返すリザの顔は微笑ましい。先程までの沈んだリィザよりも今の方がよほどいい。
「お嬢様なら言っておくわ。いろんなものたくさん見て、いろんな人と会って話して、もっと世界を知りなさい」
「そうね。………もっとたくさんのこと知りたいし、見たいな。机上の学問だけじゃなくて」
「そうそう。その意気よ。どんな事情であれ、せっかくここにいるんだからね!」

「あ、ほら順番みたい」
 そうこうしているうちにリィザたちの番がやってきた。
「あ、でも……どうしよう。私、お金ないわ」
 とたんにリィザの顔が曇る。
「わかった。じゃああたしが払ってあげる。でも、その代わりこの国にいる間はあんたあたしの召使いね。身の回りのことするのよ? それでチャラにしてあげる」
 ぐっと言葉に詰まるリィザ。召使いなんて、屈辱以外の何物でもない。城で「蝶よ花よ」とかしずかれてきた元姫君には召使いなんてものは下々の者の役割である。
「はいはい。そんな不満そうな顔しなーい。何? じゃああんたずっとここにいる?」
「うっ………」
(それも嫌よ……)
 内心でだけこっそりとつぶやく。
「でしょ? じゃあ、選択肢は二つに一つ。どっち? ……あ、そこで「私の分も払ってくれたっていいのに」なんて思わないよーに。あたしはリィザの家来でも家臣でも何でもないんだからねー? ちなみに、ここの入場料は軽く一人が一ヶ月が食べていける料なんだから。お嬢様にとってははした金かもしれないけれど、庶民はそのお金を稼ぐために日々汗水たらして働いてんのよ。だから、甘えなーいの。あんたはどんだけお嬢様だったとしても、今は着る服も食べるもの買うお金もない単なる浮浪者の身の上なのよ。よーっく覚えておきなさい」
 リザは容赦がない。軽い口調で言っているが、その瞳は真剣だった。怒ってはいない。ただ、事実を淡々とリィザに言い聞かせているだけだ。
「………っ」
 返す言葉もないリィザに、なおもリザは言い募る。
「ほんとだったらあたしはここであんたを見捨ててもいいのよ? そうしたら、あんたはどうやって生きていく? 温室育ちのお嬢様で、世間知らずで、力もないし技術もない。自分のみ一つ養っていけないじゃないのよ。そうね―――――そんなあんたでも自分のみを養っていける方法は、娼婦になるくらいね」
 リィザの顔色が真っ青になった。
「生きるってのは、そういうことよ。あんたは、まだまだ甘いわ」
 きっぱりと言い切るリザは、「生きる」ことを知っているのかしら、とちらりと思う。それでも、リザの言う言葉の一つ一つは、一々重みがあって、含蓄があった。だから、きっとリザは「生きる」ということを知っている人なんだろうと思う。
 もちろん、内心は屈辱で煮え滾るほど悔しかった。「自分はそんな人間ではない!」という誇りだけは一丁前であるが、その誇りがいかに無根拠で空虚なものか、リザの言葉で思い知る。本当に自分は、一歩城を出れば何も出来ない無力な人間でしかないのだ。そう、あの時も―――――姉が、自分を守ってくれた。当たり前のように………。
 いかに今まで自分が当たり前のように甘やかされて育ってきたのか。いかに今まで自分が甘えることを当たり前のように思ってきたのか。外に出て………リザに出逢って初めて思い知った。実はあまりにも自分に干渉しすぎる姉のことを鬱陶しく思ったことはないといえば嘘になる。でもそれは………自分のことを、守ってくれていたから。
 いつかの夜のやり取りを思い出す。もうこれで、何度目かになる。あの時の自分の言った言葉の数々がいかに都合のいいものだったのか、自分の中身のともなっていなかったものか、今ならわかる。

「もっと……世間を知りたい。世界を知りたい」

そして―――――本当にあの時言った言葉に足る人間に………お姉さまと対等に肩を並べて歩ける人間になりたい。

「いい心がけね」
 リザが不意にリィザ一人の世界に入り込んできた。
「なんだ……聞いてたの」
 照れくさくて、やっぱりそっぽを向いてしまう。でも、せっかくだからこの際、無意味なプライドなんて棄てて甘えてしまおう。
「聞いての通りよ。だから………これからも「甘い」と思ったらびしばし叱ってください」
 そして勢いよく頭を下げる。「この人はすごい」と初めて認めた女の子だから、頭を下げることも厭わなかった。
「わーぉ。プライドの高いあんたが頭下げるなんて、その覚悟よほどのものと見た。いいわよーぅ、このリザさんにまっかせなさい!」
「お願いします!」
 再度頭を下げる。
「んじゃ、今から召使いよろしくね」
「にっこり」と「微笑」んだとき、リザはちょうど門番の男に二人分の料金を支払い終えたところだった。

(……………結局そこに行き着くのね)

 

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