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 フェオラとバーリス導師はリィザたちよりも一足前にすでにセイルス国に着いてそして―――――「夢見る肴」亭にいた。

「なにぃっ!? イスハルーン帝国の第一王子が国を出て出奔中だと!?」

 と、パブの内部全体に響き渡るような大声で叫んだのはフェオラである。「姫様、落ち着いて…」とバーリス導師は宥めるも、無意味である。パブにいる客の一人一人に執拗な聞き取りを始めてしまったフェオラを止められる者はここにはいなかった。
 そして聞き取りの結果集まった情報を総合すると、どうやらこういうことであるようだ。
 王子は、宰相の独裁に嫌気が差していたが、とうとうエルフィーア王国侵略で堪忍袋の緒が切れて、宰相を打倒すべく国を出たと言う。

「はあっ!? どこの国にそんな馬鹿なガキっぽい王子がいるって言うんだよ!? 世間知らず、純朴もいいとこだよ。仮にも一国の王子で、帝王学学んでるなら自分の行動がいかに身勝手なものかなんてわかるものだろうがよ…」

 だれに話を聞くも同じような情報しか得られず、一番情報に詳しそうなパブの女将サリサに聞くも、「それ以上のことは知らない」と言われるばかりだ。
「ばっかじゃねえ!? そのクソ王子。報奨金につられてみんな王子を探そうと躍起になっているが、肝心の王子の顔がわからない、と」
 フェオラは頭を抱える。たしかに、シリウスと言えば自国を滅ぼした敵国の王子である。しかし、である。
「もしその噂が本当だとしたら、自分の国の将来の王様がそんなんじゃあ不安だろうな……」
 一国の王子の身にあって出奔するなど、よっぽどの世間知らずか、もしくはすべて計算済みで動いているよほど頭の切れる人間かのどちらかである。普通に考えると前者の方が一般的だが、もしも後者だとすると厄介だなとフェオラは思う。

 

 そして、その夜のこと。フェオラとバーリス導師は「夢見る肴」亭の一階で今後のことを打ち合わせつつ、食事を取っていた。その時、見覚えのある顔が視界の隅に入った。そう、たしかあの銀髪の青年は―――――、

「いつかのイスハルーン帝国の使者の方……シーリス・トゥオ・イーシャさん、ですね?」

 フェオラは彼のいるテーブルまでつかつかと歩いてゆき、ばんっと両手をついた。

「一体これはどういうことか、説明していただけますよね?」

 そう言って、深い紺碧の空を思わせる瞳を覗き込んだ。口調こそ丁寧であるが、否定は許さぬ無言の圧力がそこにはあった。

「―――――はい、すべてお話しいたします」

 覚悟を決めたのか、青年は被っていたフードを脱いで、フェオラとバーリス導師を目線で席に座るように促した。
 二人は無言で向かいの席に腰を降ろし、じっとシーリスの目を見つめて、彼が話し出すのを待った。

 


「それじゃあ、王子の件はほぼ噂どおりで間違いない、と?」
「はい、姫」
 そう言って恭しくシーリスは頭を下げる。
「……………もう私は姫ではない」
 そのフェオラの科白に、シーリスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「今回の侵略は真実そのジールとやらの独走でこんなことになり、そしてその世間知らずのクソ王子はそれを憂いて国を出た、と。そしてあんたは、そのバカ王子を探すべくここにいる、と。けれども、すっかり行方がつかめない、と。こういうことなんだな?」
 そんなフェオラをバーリス導師は咎めるが、一向にフェオラが気にする風はない。そして、シーリスも自ら仕える主人をそのように言われても、自らもそのように思っていたので、一向に気にすることなく平然と続ける。
「はい、おっしゃるとおりです。さすが聡明であられますね」
「そんなこと今はどうでもいい」
 シーリスは素直に賞賛の眼差しを向けるが、フェオラは無下にも取り合わない。
「そうですね……申し訳ございません」
 そして、シーリスは改まる。フェオラとバーリス導師の方を見据え、盛大に頭を下げてきっぱりと言った。

「この度は、自国の家臣の独走のせいで、このような形で巻き込んでしまうようなことになってしまいまして、本当に申し訳ございませんでした」

 フェオラは、冷たくそんなシーリスを一瞥する。

「―――――じゃああんた、命で贖ってくれるか?」

 そう言って、いつの間にそんなところにいたのか、フェオラはシーリスの目前まで迫り、護身用に携帯していた小刀の切っ先をシーリスの喉元に突きつけていた。

「そ……それだけはどうか……勘弁してください」

 シーリスは震える声でそういうのが精一杯だ。
 その言葉で、一瞬にしてフェオラの瞳に冷たい怒りの炎が燃え上がるのをシーリスは見た。そして、言葉を続ける声は怒りで細かく震えていた。

「―――――それくらいの覚悟もないなら、金輪際謝罪など軽々しく口にするな。一切、だ」

 それ以上、シーリスは何を言うこともできなかった。

 

「罪を償うべきは、断罪されるべきは、そのジールとやらだろう。いいだろう。この私が力を貸してやる。その首掻っ切って、身体中をばらばらにして烏にでも禿鷲にでもくれてやる」


 もちろん、シーリスもバーリス導師も、この上もなく本気なフェオラの言葉に逆らう術などなかった。

 

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