第2幕 追跡  第1章 彷徨

 

      1

 

 森を追放されて数日。エフィーリアは、ひとりで真っ暗な森の中を歩いていた。すでに、集落の領域は出ている。つまり、もう自分には集落を守護する不思議な力のご加護はついていないということ。

 

(怖い………)

 

 ひとりでいると、余計に静寂が重みを増す。

 嫌でも、この森には自分ひとりしかいないことを思い知らされる。

 涙が頬を伝う。

 

(…いっつも、わたし、泣いてばっかり…)

 

 「弱虫!」「泣き虫!」と、心の中で自分を蔑む。

 泣きたくないのに、寂しくて、怖くて、不安で、次から次へと涙は溢れてくる。

 母と別れた寂しさとか、「自分はもうこのエルフの集落に帰ってくることはできないんじゃないか」という恐怖とか、「もしかしたら自分は死んでしまうんじゃないか」という恐怖とか、「これから自分ひとりでどうしたらいいんだろう」という不安とか、いろんな感情がこみあげてくる。

 ひとりだから余計にだ。

 

「わたし、何にもできないよ……」

 

 強くなりたいなんて、思ったことはない。自分は一生、エルフの森で、みんなに守られて生きていくのだと思っていたから、強さは必要なかった。平凡に結婚して、守られて、生きてゆくつもりだった。

 森でどうやって生きていくの?

 動物を仕留める方法は?

 自分の身を動物から守るためにはどうすればいい?

 食べ物は、どうやって調達すればいい?

 森で生きていくすべなど必要なかったから、知らない。森で生きていくすべを学ぶのは、守る役目の男たちの役割だったから。

 動物を仕留める方法なんて、知るはずもない。エルフは、肉食を禁じられているから。

 動物から身を守る術なんて、一生守られた森の中で生きていく自分には必要のないものだったから、知らない。

 食べ物を調達する方法は、薬草とかキノコ類のことしか知らない。エルフは草食で、食事を作るのは女たちの役割だったから、森のどの植物が食べられるか、その植物をどうやって料理するのかだけは、叩き込まれていた。しかし、ここには必要最小限の調理器具しかない。

 こうやって、守られた環境から外に出ると、自分の非力さが身に染みた。

 

「ひどいよ……。わたし、何にもできないし、何にも知らない。何にも、教えてもらってないんだよ?

 突然丸裸でエルフの集落の外に放り出されて、それで生きていけなんて、無茶苦茶だよ。無責任すぎるよっ!」

 

 突然運命に見放された。

 その理不尽さに対する憤りを、どこにぶつける術もない。

 ただ、感情だけが、溢れる。

 

「助けて……」

 

 涙が零れた。

 何日も、食事すらとらずに歩き続けた。何をどうやって食べたらいいか、わからなかったから、食べられなかった。

 つらくても、身体が疲れれば生き物は眠くなるもので、最初数日は感情が高ぶって眠れなかったけれど、最近では睡眠だけは取れている。

 どっちに向かえばいいのか、森に地図はないからわからない。森の生き物としての、自分の勘だけが頼りだ。

 夜になると、森は冷えるから、身体に寒さが堪える。

 運動なんてろくにしたことのない、体力のない身体は、まだ少ししか時間が経っていないのに早くも悲鳴を上げ始めていた。

 本当に、自分は生きてこの森を出られるのか?

 まだ、持ち前の幸運で狼には遭遇していない。

 声が遠くで聞こえたときは恐怖で身体がすくんだけれど、幸いエフィーリアの方には来なかった。群れを呼び合っていただけらしい。

 本当に、どうすればいいのかわからない。

 ただ闇雲に、勘で歩いているだけだ。

 こんなことで、この森を抜けられるのだろうか?

 自分はどこに行こうとしているのか、どこに行けばいいのか。

 自分は、追放されて何をすればいいのか、何もしなくていいのか、これからどうしていこうか。

 何もかも、エフィーリアは戸惑いばかりで、何もなす術がなかった。

 

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